1ー5 立骨重心制御状態で回避できる負担,機能の制約(1章その20)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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呼吸運動にとって有利な環境が形成される

これには複数の利点があり,それぞれを以下に述べる。
呼吸は主に横隔膜と肋骨の動きによって行われるものである。それらが制約なく動けるほど換気が行われやすい。しかし,骨傾斜容認状態で胸椎屈曲があれば,肋骨の動きが制約されることになる。肋骨は胸椎と関節しているが,上位胸椎が屈曲する場合には,上位肋骨が集束し,上位肋骨の運動の振幅減少をもたらすことになる[16]。このため,胸椎屈曲による胸郭前傾は,呼吸運動を制約することになる。立骨重心制御状態では,胸椎は立骨状態になることから,肋骨は制約を受けず,動きやすい状態となっているといえる。

また,呼吸運動の際,腹筋群は肋骨の動きを適切に補助する役割を担っており,横隔膜と共同して働いている。吸息時には,腹筋群で形成する腹帯が下位肋骨を適度に支える形で,下位肋骨の挙上を補助している。また,呼息時には,腹筋群がその筋緊張によって下位肋骨を引き下げて,腹圧を上昇させながら横隔膜の腱中心を上昇させている。特に努力時の呼息では腹筋群は主動的な役割を担っている。整形外科医のカパンディは著書『関節の生理学』において,これを「腹筋群の拮抗・共同作用」とし,腹筋群と横隔膜とを「互いに別々には機能できない」ものとしている[17]

このように腹筋群は呼吸に密接に関係している。このため,その腹筋群が体位維持活動に過度に動員されて,その筋緊張が強くなる場合は,腹筋群が呼吸活動における拮抗・共同作用を自由に遂行できなくなる。つまり,呼吸運動に制約が生じることとなる。

立骨重心制御状態では,腹筋群は体位維持活動の主動的な役割を担わない。背筋群が胴体を支える主動的な役割を担い,腹筋群の動員は抑えられる。この場合は,腹筋群の呼吸運動に貢献する自由度が増すことになる。しかし,体位状態が骨盤スライド後傾に加えて,腰椎伸展がある状態であったり,体の重心が適切位置よりも後方に乖離して上半身に後方に倒れる力が生じていたりする状態であれば,腹筋群が体位維持活動により動員されることになる。そして,呼吸運動に制約が生じることになる。
また,立骨重心制御状態では,呼吸に関係する諸要素の配置が,努力的な呼息の際に腹筋群収縮の圧力が横隔膜に伝わりやすい状態になると考えている。

発声や管楽器演奏の際には,実行者は意図したタイミングで必要な量の呼息を形成する必要がある。これが努力的な呼息である。努力的な呼息の際には,腹筋群収縮によって腹腔を通じて横隔膜に圧力が伝えられる形で,横隔膜の挙上が行われることになる。立骨重心制御状態では,腰椎に適度な前弯が形成されている。この腰椎の前弯があることによって,腹筋群収縮の圧力が腹腔上方に集中しやすく,横隔膜に伝わりやすくなっているといえる。腰椎を圧力の壁と考えれば,その前弯によって圧力が上方に向かいやすくなっていることがわかる。しかし,骨傾斜容認状態で腰椎屈曲があれば,この腰椎前弯が形成されず,壁となる腰椎が後方に引っ込むことになる。この場合は,腹筋群収縮の圧力が上方に集中しにくくなり,横隔膜に伝わりにくくなる。この関係変化については図1−11で示している。

図1ー11 腹筋群収縮の横隔膜への圧力伝達

図1ー11 腹筋群収縮の横隔膜への圧力伝達

また,腰椎屈曲が起こっていれば,胸郭は前傾する。これは,腹筋群と横隔膜の向きの関係を不利なものにすることになる。胸郭前傾と共に横隔膜も前傾するが,この場合は横隔膜の下面がより背側を向くこととなる。腹筋群収縮の圧力は横隔膜の下面に伝えられるが,横隔膜の下面が腹壁の方向ではなく,より背側を向いた場合は,腹筋群の収縮圧力は伝わりにくくなるといえる。これが,立骨重心制御状態で腰椎も胸椎も立骨状態であれば,横隔膜にも傾斜は起こらない。このため,この状態は相対的に腹筋群収縮の圧力を受けやすい状態となっているといえる。この関係変化も図1−11で示している。
この腹腔における諸要素の配置の変化によって,腹筋群収縮の圧力が横隔膜に伝わりにくくなるとした私の考えについては,既存の文献で指摘されていない。この配置変化による強制呼息の圧力伝達への影響は,クライアント観察経験や自身の経験から感じられるものである。この影響の可能性を指摘したい。

声帯機能が制約されない

声帯は喉頭にあり,発声に用いられる。声帯のある喉頭の軟骨組織は,頭蓋骨や舌骨,胸骨,肩甲骨から筋でつながり,様々な方向から引張される形で位置づけられている。これらの筋は喉頭の軟骨組織を支えながら,発声機能にも関わっているという見解がある。発声研究家のフレデリック・フースラーは,このことを「喉頭懸垂機構」と呼び,喉頭懸垂機構の良好な状態が実行者のよりよい発声を導く状態となるという考えを述べている[18]

立骨重心制御状態では,喉頭の軟骨組織を支える筋群が付着する頭蓋骨,舌骨,胸骨,肩甲骨が本来あるべき位置で安定することになる。この結果,喉頭の軟骨組織は特定の方向に偏らずに筋群によって適切に支えられることになる。私はこの状態がフースラーのいう喉頭懸垂機構の良好な状態となり,喉頭の発声機能に関わる筋群が制約なく働ける環境となると考えている。一方で,骨傾斜容認状態で,腰椎や胸椎屈曲による胸郭前傾,頭部前方突出や頸椎伸展がある場合は,頭蓋骨,舌骨,胸骨,肩甲骨の配置が本来あるべき位置から変わることになる。この結果,喉頭を支える筋群が適切に働きにくい状態となり,これが喉頭の発声機能に制約を加えることになると考えている。

こうした状態は,「のどの硬直」と表現される問題を実行者にもたらしやすく,声帯の負担も大きくしやすい。骨傾斜容認状態や重心乖離容認状態における喉頭周辺の状態は,発声にとって不利な状態となるといえる。発声への影響は,第8章で詳しく説明している。

以上の六つの点が,立骨重心制御状態では回避される負担や機能制約であり,それが有利な点である。逆にいえば,これらは,骨傾斜容認状態と重心乖離容認状態において,生じる負担や機能制約であり,不利な点となる。「姿勢の悪さが,体の負担や機能に影響する」ということは一般的によく言われることであるが,これらのことは姿勢の悪さによる悪影響を具体的に挙げたものとなる。

立骨重心制御状態では,体を支える骨が動きにくくなり,局所的な筋や靭帯といった組織の負担が軽減される。そして,この状態が一般的に理想的な姿勢アライメントとなる中で,この状態には体の問題となりやすい負担や機能制約を軽減する利点がある。こうしたことから,立骨重心制御状態は,一定の静止時において有利な体位維持の仕方となると考えている[19]。このため,その状態を導く立骨重心制御は,有利な体位維持の仕方を目指す実行者が採るべき制御となり,持つべき態度となると考えている。

脚注

[16] A. I. Kapandjiの『カパンディー 関節の生理学』(2008年)では,「上位胸椎の弯曲増強は,上位肋骨の集束とそれらの運動の振幅減少をもたらす」としている。A. I. Kapandji(塩田悦仁訳) 『カパンディ 関節の生理学』(原著第6版,邦訳第2版) 医歯薬出版,2008年。

[17] A. I. Kapandji 『カパンディ 関節の生理学』 2008年。

[18] フレデリック・フースラー,イヴォンヌ・ロッド=マーリング(須永義雄/大熊文子訳) 『うたうこと 発声器官の肉体的特質』 音楽之友社,1987年。

[19] ここでは,体の主に前後方向に骨や体が傾斜した状態における影響について述べたが,左右方向に骨や体が傾斜した状態の場合についても同様のことがいえる。左右方向については,前後方向に比べると実行者が陥りやすい傾向に一貫性がないため,ここでは詳しくは説明しない。ただし,左右方向についても,重心の乖離がなく,骨が骨傾斜とならない状態,つまり荷重の偏りが少ない状態が有利な状態であることには変わりない。

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声

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