3. 体の重心を適切位置に位置づける制御(つづき)
このことを,図1−2のような骨と筋のモデルを用いて説明する。このモデルは,足部のような形をした前後(図では左右)が非対称な三角形の骨Bの頂点となる支点Oの上に,四角形の骨Aを乗せて支えるという構造をしている。AとBに付着する筋c,dがあり,支える役割を担っているとする。
これは私達の体の支え方を簡略化したものでもある。Bは私達の足部にあたり,Aは足部の上の体にあたり,支点Oは足関節にあたる。このモデルの支え方の特徴から,私達の支え方の特徴を知ることができる。
図で示しているように(1)と(2)の二つの支え方を比較する。(1)のAの支え方では,Aの重心が支点Oよりも少し前方(図では左側)に位置している。(2)のAの支え方では,Aの重心が支点Oの直上に位置している。それぞれの支え方について図から一見してわかることは,(1)は安定しているようにみえ,(2)は不安定のようにみえるだろう。結論としても,(1)の方が安定しやすいと考えられる。この理由を説明する。
(2)においては,Aの重心が支点O上にあることから,この状態ではAには力のモーメントが生じていない。このため,もしこの状態でAが止まることができるのであれば,筋は張力を発揮する必要はない。しかし,筋が働かずにAが止まることは,現実的には難しい。支点に一定の面積があれば,Aがそれなりに安定することはできるが,ここでは支点を点として考えているからである。実際の体では,この足関節にあたる支点は蝶番関節となっており,回転しやすい構造をしている。ここでは,(2)の状態で筋の支えなしでAが止まることはできないとする。
その場合は,筋が用いられて生じた力のモーメントを支えることになるが,その筋はBの骨に付着している。筋が筋収縮して張力を発揮する際は,Bの骨にも牽引力がかかることになる。
ここで,図の(2)の状態からAが少し右側に倒れた場合を考える。この場合は,Bの底面が床面にかける荷重の右側への偏りが大きくなる。元々,Aの位置はBの底面に対して右側に偏っていたことから,Bの床面には荷重の偏りがあり,その偏りが更に大きくなることになる。また,cの筋がその力のモーメントを支えるために働くことになるが,cの筋は同時にBの骨の左側を上方に牽引することになる。これらはBの右回りの回転を促す力となる。Aの傾きが大きくなり,荷重の偏りがBが回転する閾値を超えた場合は,Bは回転することとなる。Bが回転してしまえば,いくら筋が働こうとAは止まることはできない。(2)は,元々の荷重の偏りから,Bが回転する閾値を超えやすい状態といえる。特にこの場合は,右側への偏りであり,Aが右側に倒れる際にBが回転しやすくなっている。Aが左側に倒れた場合は,Bの底面が床面にかける荷重の偏りは少なくなることから,Bは右側に倒れるときよりは回転しづらいといえる。
一方で,(1)では,Aの重心が支点Oよりも少し左に位置づけられていることから,元々Aが左側に倒れる状態であり,Aが止まるためにdの筋で支えられる必要がある状態である。支点の構造は(2)と同じであり,この場合はAは左側に倒れやすくなっている。(1)の支え方では,元々,Aの位置はBの底面に対しては偏っていない。このことから,Aが左側に倒れても,右側に倒れても,Bの底面が床面にかける荷重の偏りはBが回転する閾値を超えにくいといえる。Bが回転しなければ,筋の働きでAの力のモーメントを支えることができる。
このモデルからわかることは,このモデルのような不安定な構造のものを張力によって支えて安定させるためには,土台となる支持部位の安定が肝要であり,そのために支持部位で床面に対して偏りが少ない荷重をかけていることが必要なこととなる,ということである。これが,(2)が(1)と比べて,一見して不安定な状態とみえる理由である。
このことから,実行者が体重心を足関節よりも少し前に位置づけることが,足底で床面に最大面積荷重をかける処置となり,これが足部の回転しづらさをもたらすといえるのである。そして,この足部の安定が,その上に位置づけられる体全体の安定に貢献することになる。私達は多少の力のモーメントよりも足部の抑止を優先しているのである。
(第1章その7につづく)
※図の著作権は青木紀和に帰属する。
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