有利な体の使い方:序論その2

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目次

スポーツや音楽演奏,痛みの緩和など様々なことに役立つ

音楽や演技の分野に比べると,スポーツ分野ではアレクサンダー・テクニーク(AT)の導入がそれほど進んでいない。ATを洗練させた私の提案する方法は,大きな力の発揮や,速い速度の動作の際における姿勢や動作の仕方も含むものであり,アスリートや武道家にとってもパフォーマンスを向上させる技術となり得るものと考えている。

また,動作時における注意の向け方,心理的プレッシャーへの対処の仕方についても具体的に述べている。自身の体の使い方の反応に気づき,意図的に体を動かすこの方法は,表向きは動作法ではあるが,メンタルトレーニングの要素を含んでいる。その特性から、動作感覚が狂うスランプからの脱出や,調子の安定化,勝負所での本来の能力の発揮,冷静さや平常心の維持,などにも貢献すると考えている。

音楽家や俳優には,既に本番で能力を発揮することに貢献してきている。アスリートや武道家,トレーナー,コーチに応用してもらいたい。レッスンでは,実際に体験を伝えることができる。私はこうした方々の問題改善の新たな糸口を提供でき,そして実績につなげられると考えている。

なお,私が提案する方法は,音楽や演技に加え,ダンスなどのステージパフォーマーにとっても,動作の仕方やメンタル面の対処を通じてパフォーマンス向上に貢献するものとなるだろう。この分野では,既存のATが有効なものとして導入されてきたが,こうしたパフォーマーが良好なパフォーマンスの再現確率を高くするにあたって私の方法は更に役立つものと考えている。こうしたパフォーマーや指導者にも一読いただき,応用してもらいたい。

痛みや故障を抱え,アレクサンダー・テクニークのレッスンを受けている人や関心を持った人もいるだろう。こうした人にも参考にしてもらいたい。本論考の前半は論証の箇所となり,解剖学や運動学などの基本的な知識がない人は,そこでの細部説明を難しく感じるかもしれない。後半は,実際の姿勢形成の仕方や動き方を示した箇所となり,一般の人にはそれを日常生活の参考にしてもらえると思う。

多くの人が,健康やパフォーマンス向上を求めて,エクササイズ,ウェイトトレーニングなどの筋を鍛えるトレーニング,そしてヨガなどのストレッチを行っているだろう。これらは役立つものである。しかし,ここに欠けている要素がある。それが「体の使い方」である。こうしたトレーニング実践者の体の使い方が良くなければ,それぞれのトレーニング効果は下がり,時として悪影響を与えてしまう時もあると考えている。また,人によっては,これらのトレーニングをしなくとも「体の使い方」を良くすることだけで,こうしたトレーニング以上の効果を得られると考えている。

私は多くの人に,「体の使い方を有利なものにする価値を見直してもらいたい」と考えている。一般的には,この価値は低く見積もられ過ぎている。この価値は,姿勢や動作の外観上の綺麗さに留まらず,私達のパフォーマンス向上,生活の質の向上,そして心の安らぎにまで及ぶものであり,非常に大きいと考えている。

姿勢制御の新しい見解

本論考で私が述べることは仮説である。その検証は,私自身の体と私のレッスンでの指導でしか行われていない。計測器を用いた客観的な評価や無作為比較検証による統計的な評価は行っていない。この仮説は,私が解剖学,生理学,運動学,構造力学,認知科学といった専門的な文献をあたり,観察してきたことの根拠を客観的合理性に即するようにアブダクティブに導き出した仮説である。

私の述べる「体位維持活動」とは,運動学や運動神経生理学の姿勢制御のテーマにあたるものである。運動学や運動神経生理学の文献では,動作時の姿勢制御が動作の有利性を左右することを示唆する見解は多い。

身体運動を研究した山下謙智は,『多関節運動学入門』で「(姿勢調節と多関節運動として)報告された知見は,(中略)運動成果の良し悪しや優劣を検討する場合,意図した運動そのものに関与する要因にのみ焦点を当てるのではなく,姿勢調節の必要性,および「運動」と「姿勢」の相互関係についても注意を向ける必要のあることを示唆している」と述べている[5]

また,理学療法士のチャールズ・レオナルドは,『ヒトの動きの神経科学』において「姿勢反応と随意運動,および自動的応答と随意運動の関係を理解することは,患者から動作を引き出し改善することに携わる臨床医にとって重要である。例えば随意運動の開始のためには,患者の動きを誘導する際のある種の指示内容が他のものよりも効率がよかったり,動作開始前に取らせた身体姿勢が他の姿勢よりも好ましかったり,ということがありうる」と述べている[6]

身体運動を研究する平島雅也は,共著書『姿勢の脳・神経科学』において「体幹の姿勢や四肢の形は,スポーツ動作の良し悪しを決定する重要な要素である」と述べている。また,「筋力とそれによって生じる運動との仲介を果たすのは,体の質量分布,つまり姿勢である。本章で示したような枠組みで因果関係を正確に理解することで,よい姿勢・よいフォームを理論的に導き出すことができるようになるであろう」と担当の章を締めくくっている[7]

このように,山下やレオナルド,平島は,動作時の姿勢制御が動作の有利性を左右することについて示唆を述べているが,既存の文献をみる限りでは,動作時における理想的な姿勢制御について研究者の間で納得されている見解はない。

私の主張は,この一つの見解を示した新しいものとなると考えている。また,動作時のフィジカルな姿勢制御の仕方に加えて,心理的プレッシャーを受けたときに陥りやすい反応とその対処の仕方,良好な動作を実行者が実現するための注意の向け方についても,私は見解を述べている。その見解は独自のもので新しいものとなると考えている。

その3につづく)

脚注

[5] 山下謙智,伊東太郎,東隆史,徳原康彦 『多関節運動学入門』(第2版) ナップ,2012年。
[6] チャールズ・レオナルド(松村道一他訳) 『ヒトの動きの神経科学』 市村出版,2002年。
[7] 大築立志,鈴木三央,柳原大他 『姿勢の脳・神経科学 —その基礎から臨床まで—』 市村出版,2011年。

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