第2章 動作時の有利な体位維持の仕方(その6)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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3. 実際の体の動作における体位維持の仕方による違い(つづき)

上肢動作の体位維持の仕方による違い(つづき)

骨盤スライド後傾の動きが進み過ぎて,体の重心が適切位置から後方に乖離することもある。実行者が重心乖離容認の態度でいれば,これは起こり得る。この場合は,腹筋群や腸腰筋,大腿四頭筋などの前側の筋群の筋緊張は更に強くなる。重心の後方への乖離といっても,体が倒れるほどのものではない。足部も止まっているものの,足部の前側の荷重が減ることから,動作時に足指が少し浮くような場合もある。この場合は,足部と下腿の関係を安定化させるために,前脛骨筋や長母趾伸筋,長趾伸筋の筋緊張が強くなる。これらの筋緊張は,足部が接面部全体で荷重していて安定していれば,軽減できたものである。

重心が適切位置よりも後方に乖離する場合は,体の前側と背側の筋群の役割が逆転し,前側の筋群が胴体を支える主動的な役割を担うことになり,背側の筋群は拮抗の役割を担うことになる。脊柱起立筋も働くだろうが,前側の筋群の働きに拮抗するように働くこととなる。これらは,本来的な働きではなくなっているといえる。

こうしたことが,右腕で肘を曲げて重りを持ち上げる動作における,実行者が骨傾斜容認でいた場合の影響である。目的動作のための筋収縮は,目的仕事転化効率が悪化することから,余計に進むことになりやすい。また,上肢の骨や体を支える骨を止める制動の筋の筋収縮も,目的仕事転化効率が悪化するなどで,余計に進むことになる。実行者の体全体の筋群の筋緊張が強くなっていることに加え,力の発揮の反応の後れもあることから,実行者は自身の動作を「重たい動作」と感じるだろう。
次に,実行者が立骨重心制御の態度でいた場合のこの上肢の動作を考察する。体位状態は,はじめから立骨重心制御状態であり,体の重心は適切位置に位置づけられている。この場合は立位であり,体の重心は足関節の少し前に位置づけられる。このため,足底は床面に最大面積荷重をかけることになり,足部は動きにくくなる。

その上で,体を支える骨を立骨状態で止める実行者の態度により,本来働くべき筋の働きが促され,足部の抑止を基にしてその上の体を支える骨を止める働きが起こる。

下腿では,下腿三頭筋や前脛骨筋などが,足部抑止を基に大腿骨を脛骨に押し付けるようにして脛骨を安定させる。そして,大腿四頭筋や大腿二頭筋などが,骨盤の寛骨を大腿骨に押し付けるようにして大腿骨を立骨状態で抑止する。これに腸腰筋や殿筋の働きが加わることで,骨盤スライド後傾が抑制され,骨盤も立骨状態で抑止される。

胴体部では,脊柱起立筋が先行的に働いて,本来的な体位維持の主動的な役割を担うことになる。この脊柱起立筋をはじめとした背筋群の働きで,頭蓋骨と頸椎の向きが調節され,脊柱の各椎骨は骨盤の上でそれぞれが立骨状態に導かれる。腹筋群は,背筋群に拮抗して,肋骨と胸椎を通じて腰椎を仙骨に押し付けるように働く。骨盤が止められていることから,腰椎は仙骨からもすぐに反力を受けることになる。胸椎や腰椎の各椎骨には上の骨からの荷重と下の骨からの反力がそれぞれ最大面積荷重として働くことから,各椎骨は回転せずに止まることになる。このようにして胸椎や腰椎の屈曲が抑制される。胸郭前傾も抑制される。

腹筋群は拮抗の働きを担うが,骨盤スライド後傾も胸郭前傾も起こっていないため,その最初の収縮から最大の張力を発揮できることとなり,収縮を過度に進めずとも胴体部の抑止に貢献する。



また,頭頸部では,胸鎖乳突筋と首の背側の筋群が頭頸部を止めようと働くことで,頭蓋骨背側部が前下方に牽引されることになる。この時に,実行者の骨を立たせる態度から,頸椎前側に位置する頭長筋や頸長筋の働きが促されて,この牽引に拮抗していくことになる。このため,頭蓋骨と頸椎は,前下方への牽引の力を受けるが,胸椎からすぐに反力を受けて立骨状態のまま回転せずに止められることになる。このようにして,頭部前方突出と頸椎伸展が抑制される。胸鎖乳突筋や首の背側の筋群は,頸椎伸展が起こらずに,付着部である頭蓋骨背側部や頸椎上部が動かないことから,その最初の収縮から最大の張力を発揮できることとなる。これらの筋群は,収縮を余計に進めずとも頭頸部の抑止に貢献することになる。

立骨重心制御における骨の止め方には共通するパターンがあり,次のようなものとなる。実行者は,モーメントアームの長い筋を働かせて,より上部の骨の向き調節を行い,制御できる複数の骨の関係を最大面積荷重の関係に導く。そして,その上部の骨を一つ下の骨に最大面積荷重で押し付け,その下の骨を更に下の骨に押し付けるようにする。その「更に下の骨」が止まっていれば,中間の骨は上下から最大面積荷重の力を受けて回転せずに止められることになる。これは,上部の重量による荷重を骨の抑止に活かしているともいえる。実行者は,それを活かすように筋で骨の向き調節を行っているともいえる。

このように,実行者が脊柱起立筋等のモーメントアームの長い筋を用い,重量による荷重と骨の反力を活かすことから,実行者は局所的な筋や靭帯の張力負担を増やさずに体を支える骨を止めることができるようになる。そして,体を支える骨と共に胸骨が動作の最初から止められることとなり,上肢の骨に反力が返る環境が整う。

上肢では,鎖骨から肩甲骨,上腕骨と十分な反力が返されるように,その相対的関係が維持されることが,上肢の筋群の過剰な筋緊張の抑制につながることを述べた。特に,鎖骨の反力を返しやすい関係が維持されることが,これに貢献する。その関係とは,肩甲骨と鎖骨,そして胸骨における最大面積荷重の関係である立骨状態である。このように上肢の骨が制御されれば,止められた胸骨から上肢の骨が十分な反力を受け,その関係維持と反力形成が最小限の筋緊張で実現されることになる。こうした環境下で,重りを持ち上げるための上腕二頭筋が働くことになるが,上腕二頭筋は,止まっている肩甲骨と上腕骨を基に働くこととなり,その最初の筋収縮から最大の力を重りを持ち上げる活動に発揮できるようになる。立骨重心制御の態度を持つ実行者であれば,この上肢の立骨状態を維持する態度を持つことも可能であろう。この結果,鎖骨が止められて,最小限の筋緊張で上肢の骨の制動と目的動作が行われることになる。

実行者が立骨重心制御の態度を持ち,腕を動かす動作を行った場合は,このように動くべきでない骨が適切に止められることから,上腕二頭筋は最小限の筋緊張で重りを持ち上げることに貢献し,実行者が動かそうと意図したタイミングで筋が力を発揮することになる。また,上肢の各骨や体を支える骨を止めるための筋群の筋緊張も最小限に留められることになる。こうしたことから,実行者は自身の動作を「軽い動作」と感じるだろう。

このように,立骨重心制御で行われる上肢の動作は,骨傾斜容認や重心乖離容認で行われる動作よりも,有利なものとなる。

第2章その7につづく)
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