第2章 動作時の有利な体位維持の仕方(その7)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




3. 実際の体の動作における体位維持の仕方による違い(つづき)

発声時の体位維持の仕方による違い

次に発声の事例で考える。これも立位で行うことを前提に考える。そして,図2—5のように,実行者が最初から骨傾斜容認状態でいて,骨盤スライド後傾を起こしており,脊柱も屈曲させている状態で発声していくことを,ここでは想定する。

図2ー5 発声時の筋の牽引

図2ー5 発声時の筋の牽引

発声には,腹筋群の収縮が求められる。腹筋群が収縮することで,肋骨を下制して横隔膜を押し上げて呼息の圧力を生み出す。この呼息の圧力によって,声帯で声が形成される。そして,喉頭や咽頭,口腔,鼻腔で声の違いが形成される。

腹筋群の収縮により,その付着部である肋骨や骨盤には牽引力が働く。腹筋群は,その収縮によって肋骨を下方に牽引するが,この力は肋骨を介して胸椎や腰椎を屈曲させる力となる。この力を受けて胸椎や腰椎が屈曲する場合は,同時に頭部前方突出も起きる。この力は,頭と脊柱全体に影響を与える。また,腹筋群は,その収縮によって骨盤前縁を上前方に牽引するが,この力は骨盤スライド後傾を促す力ともなる。骨盤スライド後傾が起きた場合は,脚が前に傾くことになる。この力は,下半身にも影響を与える。発声時の腹筋群収縮により,このように多くの体を支える骨に力が働くことになる。

実行者が骨傾斜容認の態度でいる場合は,このような力が働いた際に,実行者は体を支える骨を一旦動かしてしまうことになる。その態度は,骨を特定の関係で止める態度ではないからである。そして,張力が牽引力に拮抗するまで動かしてしまう。

ここでは,当初の状態から骨盤スライド後傾が起きており,股関節では,腸骨大腿靭帯が関節固定を担っていて,腸腰筋や大腿四頭筋などがそれを補って働いていたとする。この状態では,大腿二頭筋が働く必要は少なく,大腿二頭筋は適度に弛緩していたとする。この状態で発声のために腹筋群が収縮したとする。その収縮は,骨盤前縁を上前方に牽引する。腸腰筋や大腿四頭筋,大腿二頭筋などの筋は,その状態でただ止めているだけの働きだったため,この牽引には拮抗できず,骨盤は牽引を受けて更に前方にスライドして後傾するように動くことになる。靭帯の張力と,腸腰筋や大腿四頭筋,大腿二頭筋などの筋の事後的な働きによって,骨盤は少し動いたところで止まる。

また,脊柱では,当初から腰椎や胸椎が屈曲しており,脊柱の靭帯が関節固定に動員されていたとする。多裂筋や棘間筋などの比較的小さい筋群も伸張されて張力を発揮している場合もある。骨盤スライド後傾により,体の前側の腹筋群や腸腰筋,大腿四頭筋なども体位維持に動員されているだろう。これらの筋や靭帯の動員もあり,脊柱起立筋は本来的な働きをしておらず,その状態をただ止めているだけの働きとなっているだろう。

この状態で,腹筋群の収縮によって肋骨が下方に牽引の力を受ける。これは,肋骨を介して胸椎をさらに屈曲させる力となる。背筋群が適切に働いていないために,腹筋群収縮によって胸椎の屈曲が更に進み,胸郭前傾が進むことになる。そして,筋や靭帯の関節固定力が牽引力と釣り合った段階で屈曲は止まるが,そこまでは脊柱は動いてしまう。



骨盤や脊柱がこのように動いてしまえば,発声のための腹筋群収縮による力は,骨盤や脊柱を動かすことに用いられたことになり,本来の横隔膜の挙上という仕事に転化されにくくなっていたことになる。横隔膜の挙上の仕事とは,腹筋群収縮によって圧力を形成し,その圧力で腹腔を通じて横隔膜を押し上げることである。骨盤や脊柱の動きが止まった段階で,更に腹筋群が収縮を進めることで,その収縮力が本来の横隔膜の挙上の仕事に十分に転化されることになる。しかし,その時点では腹筋群の筋収縮が進んでいる。そして,この場合は,肋骨前部と骨盤前部が近づいていることから,腹筋群は短縮した状態となり,発揮できる張力が低下しやすい状態で張力を発揮することとなる。

なお,当初の骨盤スライド後傾と胸郭前傾の状態により,腹筋群の付着部の距離が短くなっていたが,それによって腹筋群にたわみが生じていれば,腹筋群はそのたわみを収縮で解消した上で張力を発揮することになる。この場合も,腹筋群は収縮を進める必要があることから,短縮した状態となり,発揮できる張力が低下しやすい状態で張力を発揮することとなる。

こうした状態では,腹筋群収縮力の発声の仕事への転化効率が悪化することになる。これは,実行者は一定の強さの声を作るために,より腹筋群収縮を進めなければならないことを示している。
また,この骨傾斜容認状態では,腹腔諸器官の関係性が変わることにより,腹筋群は横隔膜挙上という仕事に貢献しにくくなる可能性があることを前章で述べた。腰椎屈曲によって腰椎前弯がなくなり,胸郭前傾によって横隔膜下面がより背側の方を向くことになる。これらは,腹筋群収縮による圧力が横隔膜下面に伝わりにくくなる環境となると考えている。

こうしたことから,実行者は,一定の強さの声を作るために腹筋群収縮をより進めることになる。また,発声のための腹筋群収縮に対して呼息の圧力形成の反応が後れたり,反応の仕方が鈍いものとなる。このため,実行者は自身の発声を「重く」感じることになるだろう。

実際には,骨盤や肋骨が動いてしまっている間も,不十分ではあるが制動の筋が働いてある程度拮抗されることから,腹筋群収縮によってそれなりの圧力形成は実現される。このため,実行者は一切声を出せないわけではない。しかし,呼息の圧力が不足して発音が弱くなったりする。このため,実際に出される声自体も「重く」聞こえるものとなり,声の「軽さ」「はずみ」が失われて聞こえるものとなるだろう。

骨盤スライド後傾や,脊柱屈曲の状態で体位が維持されることから,各関節の靭帯が伸張されることに加え,制動の筋群の筋緊張も強いものとなる。

骨盤スライド後傾により,脊柱からの荷重と大腿骨からの反力によって骨盤に偶力が生じており,腸腰筋,大腿四頭筋などの前側の筋群の筋緊張が強くなる。股関節と仙腸関節,腰椎下部の靭帯が伸張されることになる。

骨盤スライド後傾の状態では,腹筋群が体位維持に動員されている可能性がある。腹筋群が体位維持に動員されていれば,腹筋群は体位維持のために張力を発揮しながら,発声のために更に収縮することになる。これは,腹筋群が発声のための活動の自由度を失っていることを示している。発声のために腹筋群が最大限の力を発揮できない状態である。この場合は,実行者は,十分な呼息圧力を形成できなかったり,呼気量に制約を受けることになる。また,腹筋群が十分に弛緩できないことから,実行者は吸息にも制約を受けることになる。

腰椎や胸椎が屈曲状態で止められることから,多裂筋や棘間筋などの比較的短い背筋群も伸張されて張力を発揮することになる。脊柱起立筋も働くものの,他の筋や靭帯の張力を補うように働くこととなる。

この骨傾斜の影響は,頭頸部にも及ぶことになる。当初の状態から胸椎屈曲により頭部前方突出が生じている。実行者が顔を正面に向けるために,頸椎伸展も起きている。その上で,腹筋群が肋骨を牽引して胸郭前傾を更に進ませることから,頭は更に前下方に突出し,頸椎伸展も更に進むことになる。頸椎伸展の動きとその状態は,上肢の動きの際に述べたことと同様に,首の背側の筋群と胸鎖乳突筋の双方の筋効率を悪化させるものとなる。

このように,胴体部だけでなく脚部や頸部においても筋緊張が強い状態となり,体は全体的に筋緊張が強い状態となる。このことも,実行者が自身の発声を「重く」感じる要素となるだろう。また,実行者の体全体の筋緊張が強くなっていることから,発声した音が体では響きにくくなっている。響きの損なわれた声として聞こえるものとなるだろう。

骨傾斜の頭頸部への影響は,頸部の筋負担だけではなく,喉頭の発声機能にも及ぶ可能性があることは前章でも述べた。声帯のある喉頭は,筋で頭や胴体部から支えられているが,頭部前方突出や胸郭前傾によってその支え方が変わることになり,それが声帯の発声機能に制約を与えることになる。実行者は,この状態で声を出せなくなるわけではないが,発声時に喉頭の筋群の筋緊張が過剰なものになりやすく,声の質を悪化させることになる。

実行者が重心乖離容認でいて,当初の立位の状態から体重心が適切位置よりも後方に乖離していた場合を考える。この場合は,腹筋群や腸腰筋,大腿四頭筋といった前側の筋群が体位維持に動員されることになる。そして,背筋群は本来的な働きではなくなる。腹筋群が体位維持に過度に動員されることから,腹筋群は発声活動に貢献する自由度を損なうことになる。また,足部では,体重による荷重が足底の踵側に偏ることになり,足部も動かされやすく,体全体の安定性も低下することになる。筋群の筋緊張は全体的に強くなっている。

実行者は骨傾斜容認状態や重心乖離容認状態でいれば,こうした発声の仕方となっている。そして,実行者が,より大きな声を出そう,より高い声を出そうとすれば,より強い呼息の圧力を作る必要があるため,実行者は腹筋群を更に収縮させることになる。発声活動や制動の筋効率は悪いままであるため,前述してきた全てのパターンが強化されることとなる。実行者はより大きな声,より高い声を出せるだろうが,その筋緊張は過剰なものとなる。また,自身が出せ得た最大限に大きな声,高い声を出せなくなっているだろう。

このように,実行者が骨傾斜容認状態や重心乖離容認状態で発声を行った場合は,腹筋群収縮の目的仕事転化効率は悪化し,実行者は一定の強さの声を出すために,腹筋群をより強く筋緊張させることになる。また,体を支える骨を止めておく制動の筋群をより強く筋緊張させることになる。このため,実行者の筋や靭帯といった組織の負担が大きくなる。実行者の声の質も劣化することになる。こうしたことから,こうした実行者の発声の仕方は,不利な発声の仕方となっているといえる。

第2章その8につづく)
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