第8章 有利な呼吸,発声の実現方法(その2)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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2. 呼吸における目的端先導の意図

呼吸活動は内的な動きであり,筋による活動である。このため,他の部位の動きと同様に,実行者が持つべき目的端先導の意図がある。呼吸の場合の導くべき先導端は「息」となる。より具体的には「鼻や口から,息を吐いたり吸ったりする」と実行者が意図して呼吸することでよい。

多くの人がこのことを当たり前のことと思うだろう。しかし,意識的な呼吸活動を有利なものにするにあたっては,実行者がこの当たり前のことを意図することが役立つのである。それは,一定の割合の人が意識的に呼吸をする際にこの意図とは異なる意図を持ちやすく,それが有利な呼吸を導かないからである。

歌手や管楽器奏者などの努力的な呼吸が求められる活動をしている人の中には,「腹筋を積極的に使おう」という意図を持つ人がいる。これは,「腹筋を使って息を吐く」「腹で声を支える」という指導を受けていたり,実際に腹筋群が用いられることから無自覚で呼吸の際に腹筋を意識し,その筋収縮感を感じようとしていたりするからであろう。または,より息を入れようとし,「胸で吸おう」という意図を持つ人もいるだろう。このような意図で行っても問題として感じない人もいる。しかし,私の経験でいえば,このように意図する人は,体の筋群を過剰に筋緊張させやすい。そして,中にはその人自身も「うまく呼吸ができない」と感じている人もいる。

歌手や管楽器演奏の人に加えて,呼吸法を実践する人にも「腹筋を使って呼吸する」「胸で吸う」という意図を持つ人がいるが,こうしたことを意図した結果,逆に苦しく感じる人もいるだろう。

実際にこうした呼吸時には実行者の腹筋群は収縮し,胸が動くことから,「腹筋群を使って呼吸しよう」「胸で吸おう」という意図は客観的には理にかなったものであり,実行者がこの意図で実行していくことが問題をもたらすとは多くの人には思えないだろう。このため,ある人が呼吸を意識した時に「腹筋群を使って呼吸しよう」「胸で吸おう」と意図して行っても楽に呼吸ができる感覚にならなければ,その人は何を意図すればよいのかわからなくなりやすい。



私達は,呼吸活動に変化を与えるにあたって,自身の呼吸活動に注意を向ける必要がある。一定の割合の人は,この注意を呼吸時に動く関節や用いられる筋に向けてしまいやすい。そして,これらを用いる意図と共に呼吸を行ってしまいやすい。しかし,この場合,その実行者は呼吸や制動の筋群を過剰に筋緊張させやすい。これは,実行者が呼吸の筋や関節の動きを用いる意図を持った結果,呼吸筋群の筋緊張を促すなど即席保全のパターンを誘発し,体位維持活動を劣化させてしまうからであると考えている。自身がどのような呼吸をしているのかと気づいて呼吸に注意を向けると,逆に息がしにくく感じる人もいるだろう。それは,このように動く関節や用いられる筋に注意を向けて,それらを用いようとする意図を無自覚に持ってしまうからではないかと考えている。

目的端先導の意図の考えは,実行者が用いられる筋や関節に注意を向けるのではなく,動きの先導端に注意を向けてそこを導く意図を持つ方が,実行者は過剰に筋緊張させずに済むというものである。呼吸の場合の先導端は「押し出す空気」であり,「取り入れる空気」である。つまり「息」となる。息として動かす空気が,動かす道具や物に相当する。第4章の目的端先導の意図の説明において,先導端は体の部位に限らず,手に持った物としてもよいと述べた。息は,物とはいえないが気体ではあり,その考え方を延長することができる。

この目的端先導による体への具体的な指示が,前述した「鼻や口から,息を吐いたり吸ったりする」という当たり前の指示となる。有利意図の人は,この当たり前のことを実現する意図を持った上で,腹筋群や横隔膜,肋骨が自動的に動くと考えるのである。実行者が積極的に意図すべきことは,目的端先導の意図である「息の出し入れ」と,適切な体位維持を導く立骨重心制御と重心基底制動である。実行者はこれらを意図することで,必要な程度の腹筋群収縮や伸長を促すことができ,肋骨の適度な動きを促すことができる。そして,実行者には結果的に「腹部前面が膨らんだり,へこんだり」「胸が膨らむ」ことが起こる。

私達は,呼吸時に腹筋を使う意識を持たずとも呼吸できるのである。意識しなくても起こせることを意識するのではなく,意識しなければ不利な状態に陥ることを意識すべきであろう。つまり,呼吸時に腹筋を使うと意識するよりも,腹筋が牽引する肋骨や骨盤,その他の体を支える骨を適切に制御することを意図するのである。これにあたっての実行者の持つべき呼吸の意図は,シンプルな「息を吐く」「息を吸う」というものでよい。呼吸を意識的に有利なものに変化を与えようとする人は,有利な体位維持の仕方を意図し,当たり前の呼吸の意図をあえて持つようにするとよい。

第8章その3につづく)
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