第8章 有利な呼吸,発声の実現方法(その6)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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6. 会話やプレゼンテーション時に気をつけたいこと

実行者は立骨重心制御と重鎮基底制動を実現しながら発声を行うだけで,発声しやすく感じるかもしれない。また,より響く声を出せたり,軽く声を出せるようになるかもしれない。有利意図の人は会話やプレゼンテーションの時には,基本的な意図に加えて以下に示す点を留意するとよい。

話すペースを自身の体にあったものにする

実行者は話すペースを速くし過ぎると,体軸部に生じる反動に対処するために,腹筋群と首の筋群を強く筋緊張させることになる。またこうした際に,実行者は息継ぎに気づきにくく,非常に短い時間で腹筋群を緩ませずに息継ぎをしてしまいやすい。この結果,実行者が話している間に一貫して腹筋群や首の筋群の強い筋緊張を継続させてしまう場合がある。実行者は,この速いペースを自身のペースと認識してしまうと,話す時に常に強い筋緊張を加えてしまうことになる。こうした人は体に余計な負担を課しており,話した後に疲れたり,話した後に首がこるかもしれない。

一定の割合の人は,話すペースを速くしやすい。話す内容を考え出す思考のスピードの方が,呼息を形成して顎や口を動かして話せるスピードよりも圧倒的に速い。一定の割合の人は,その思考ペースに合わせようとして話すペースを速くしやすいのかもしれない。また,複数人の前で話す際に心理的プレッシャーもあって速くしてしまう人もいるだろう。その速さが自身の体に合ったペースを超過していれば,実行者は体を制動する力を増す必要があり,腹筋群や首の筋群の筋緊張を強くすることになる。そして,体へ負担を課すことになる。この負担は,実行者がペースを自身の体に合ったペース内のものに留めていれば防げた負担である。また,実行者は声帯のある喉頭や喉頭を支える筋群の筋緊張も強くしてしまいやすく,実行者の出す声は声が上ずった高い音域の声となっていたり,体の響きが少ない固い声になっていたりするだろう。

人と話す行為というのは相手が関係する行為であり,実行者はその相手から刺激を受けることになる。話す相手が話すペースの速い人であれば,実行者自身も相手に合わせるように速いペースで話してしまう場合もある。実行者が相手の影響を受けている形だが,こういった同調性は社交性にとっては悪いわけではないだろう。器用な人は,社交性を重視して自身の話すペースを使い分けているかもしれない。ここでは,体の使い方の観点として実行者が速いペースで話すことが自身の負担を招いていることを述べている。実行者が相手と同調して速くなってはいけないわけではない。ただ,体の負担を課すことになるということを実行者は認識した方がよい。有利意図の人は,その弊害を認識した上で適切にペースを選択できるとよい。社交性についていえば,実行者は相手と話すペースを同調させなくとも,その発言の内容や受け答え方で社交性を保てるからである。

実行者は自身に合ったペースを知っていて,そのペースで話せれば,体の負担を軽減することができ,よりよい声で話すことができるだろう。実行者は自身の腹筋群や首の筋群の筋緊張の程度を把握できれば,自身の話すペースが速すぎるのか否かを判別できる。また,実行者は息継ぎをどのようにしているか把握することでも,自身のペースが速すぎるのか否かわかる。実行者はこのように自身に気づき,自身の体の状態を把握していくことで,「自身の体のペース」を知ることができるのである。自身の体の状態にペースの基準を持つことができる。喩えれば,実行者が自身の体をメトロノームとするようなものである。実行者はこのようにしてペース調整を行い,腹筋群と首の筋群を過度な筋緊張から解放できれば,負担の少ない発声活動を実現できるようになる。これは,実行者の心理面を落ち着かせやすい処置ともなるだろう。



話す際に自身に気づくこと

デスクワークや歩くという一人で行う行為と異なり,話すことは相手がいる行為であり,実行者は受ける刺激が多く,自身に気づく余裕が逆に少なくなりやすい。話す行為における習慣を変えていくことは難しさがあるといえるだろう。

有利意図の人は,話す前に自身の体の状態に気づくようにしておきたい。気づくポイントは,「支持部位に自身の体重を預けること,そして呼吸に気づき,息を抜くように息を吐き,その際に腹部が動くかどうか,頭が胴体から独立していつでも動ける状態であるかどうか」である。そして,会話やプレゼンテーションの途中でも時折気づけるようにするとよい。ペースが速くなっていたり,体に筋緊張が入りすぎてしまっていることに気がつけば,それをやめられるだろう。

是正を試みる人の当初の段階における気づき方は,会話やプレゼンテーションが終わった後に「体に筋緊張が入っていた」ことに気づく事後的なものかもしれない。それでも気づかないよりはよい。体に筋緊張が入っていたことに気づけば,その時点でやめられるだろう。人によっては行為が終わった後にも,行為時の筋緊張を無用に続けてしまうこともあるからである。そして,このように気づいていくことで,次の機会には事前に気づける確率を上げられるだろう。

実行者は自身に気づいて体位維持を有利なものとし,自身の体に合ったペースで話して過剰な筋緊張を生じさせないようにすることで,姿勢もよい状態でいて,最良の質の声を出すことができる。この実行者の姿勢と声の質は,話している相手に落ち着いている印象を与えるものとなるだろう。これらは,話している相手が話者に抱く印象を左右するものでもある。私達がコミュニケーションにおいて相手に伝えたいことは,言語による内容だけでなく,このような印象も含むだろう。このため,実行者が自身にも注意を向けて適切に体の使い方を制御していくことは,コミュニケーションの成功を促す要素となる。他者とのコミュニケーションでは,実行者は話す内容のことや話す相手のことばかりを考えてしまいやすいが,有利意図の人は自身の体の使い方にも注意を向けるべきである。

第8章その7につづく)
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