第8章 有利な呼吸,発声の実現方法(その7)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




7. 歌唱や演技の際の発声で気をつけたいこと

歌唱や演技の活動では,実行者は会話の場合とは異なり,より大きい音量,より高い音程,より低い音程の音の発声が求められる。このため,会話時以上に強い呼息の圧力や多い呼息の量が求められることになる。それらを実現するには力が必要となるが,実行者はこの力の発揮を効率的なものにすることで,体の負担を軽減した形でそれらを実現できる。呼息の力は腹筋群の働きによるところが大きい。実行者はこの腹筋群の働きを有効なものにするために,会話の時以上に頭と骨盤を制動する必要がある。

また,実行者が息継ぎの際にできるだけ腹筋群の自由度を確保していることも有効な処置になる。この処置によって実行者は吸気量を増加させることができる。吸気量の増加は,強い呼息圧力と呼気量増加の原動力となる。

歌唱の活動では,実行者がとれる息継ぎの時間が短い場合が多い。この場合は,実行者は胸部が動く形で吸息しているだろう。腹部前面は膨らまないだろう。これは問題ない。しかし,安静時の呼吸とは異なり,筋緊張をより多く用いる呼吸の仕方であることを実行者は認識した方がよい。これを継続すると,筋緊張の強い状態を継続することになり,体への負担を増加させることに加え,声の質にも悪影響を与える場合もある。有利意図の人は,歌唱の合間で息を継ぐ時間を少し長くとれる際には,息を吸った時に腹部前面が膨らむ程度に腹筋群が弛緩しているかを確認するとよいだろう。

有利意図の人は歌唱の時においても,自身の体の使い方への気づきを多く持つようにする。その際に気づくポイントは,自身の体を支えている部位に自身の体重を預けることである。そして時折に呼吸とその仕方にも気づき,時間的な余裕がある呼吸の際に腹部前面が動くかどうか,頭が胴体から独立していつでも動ける状態かどうかを確認するようにする。

顎の動き

大きな声を出す際には,実行者は口を大きく開けることになるだろう。有利意図の人は,顎を下げる形で口を開くようにする。この場合の顎とは,下顎骨のことである。下顎骨は頭蓋骨に関節しており,私達はそれを頭蓋骨から独立させて動かすことができる。一方で,上顎骨もあるが,これは他の頭部の骨と癒合しており,頭蓋骨の一部である。この構造から,実行者が顎である下顎骨を下げて口を開けることの方が効率がよい。

上顎を上げる動作というのは,より重たい頭蓋骨を頸椎に対して後傾させる動作となり,実行者は頸椎伸展させて,首の背側の筋群の筋緊張を強めることになる。下顎骨は頭蓋骨から独立して動くため,実行者は下顎骨を動かして開口すれば,頸椎伸展も起こさず,首の筋群の筋緊張も強くせずに済む。そして,大きく口を開くことができる。

下顎骨は,その開口と閉口の動きを導く筋が付着する頭蓋骨と,舌骨を介してつながる胸骨や肩甲骨が安定していれば不必要な牽引を受けず,動きの制約を受けない[39]。

このため,実行者は頭蓋骨と胸郭を立骨重心制御で安定させれば,下顎骨とそれを動かす筋を効率的に働かせることができる。有利意図の人はそれを実現した上で,「頭は安定していて,顎を動かす」と意図して顎を動かすとよい。また,顎は頭蓋骨の頭から吊り下がっていることを考えるとよい。重力が顎を下げようと働いており,実行者は顎が頭から吊り下がっているというイメージを持つことでその重力の働きに無理に抗おうとはしなくなり,下顎骨を支える筋の過剰の筋緊張を回避しやすい。

顎を下げて大きく口を開く場合は,頭に安定した支えが実行者には必要である。実行者は筋力のみで支えようとせず,体全体で「立てた骨」により頭を支えていくことを考えるとよい。開口の動きが大きければ,これは全身で行うべき行為という認識を実行者は持った方がよい。

また,実行者は上顎である頭蓋骨を動かしてはいけないわけではない。最大限に開口する場合には,上顎である頭蓋骨も後傾させる形で動かしてよい。上顎の動きである頭蓋骨の後傾の動き(頸椎伸展)は,習慣となって常に動かしてしまうことがよくないことであって,実行者が意識的な選択の上でその動きを起こしているのであれば問題はない。これは歌唱では必要な技術の一つとなるであろう。

「出したい声を出す」ことと,それを実現する体位維持を意図する

歌唱や演技時の発声の際に実行者に求められることは,大きな声量や高い音の声を出す技術だけではない。歌や演技は芸術であり,実行者が感情や情景,抽象概念などを表現することこそがこうした活動において求められる要素である。それには音色,声色と呼ぶ要素も操ることが実行者に求められるだろう。「相手に届く声を出す」という発声時のシンプルな意図に替えて,「自分の出したい声を出す」という意図を持つとよい。この場合には,実行者が「自分の出したい声」をどれだけ明確に自身でイメージできているかということが,その実現度合いを左右することになるだろう。

こうした芸術活動において「表現する」ことを行為と考えれば,この行為時に実行者が持つべき目的端先導の意図は「自分の表現したい情景や感情,抽象概念などを,聴いている人に伝える」こととなる。この意図は多くの指導者や演出家が指摘することに通じることであり,表現活動においては欠かせない意図となるであろう。実行者はこれを具現化するために,その明確な思いを持つことと共に,体が素直にそれを具現化できるように制約のない有利な体位維持状態を形成することを意図するのである。有利意図の人は,筋や器官が「自身の思い」を表現する力と動きを発揮してくれることを信頼し,それらが有利に働ける体位維持状態を実現していくようにする。

声の表現の技術として,腹筋群や声帯,口腔や咽頭,鼻腔の状態といった部位を意図的に微調節させるものもあるだろう。こうした技術を実現する際に有利意図の人は,部位を調節するにあたって,トータルな環境作りである立骨重心制御と重鎮基底制動の意図も同時に考えるべきである。個別の部位を調節するミクロ・マネージメントを行うにあたって,マクロ・マネージメントを適切に確保した形で行うのである。その方が,ミクロ・マネージメントを適切に実現しやすくなる。実行者は指導者から様々な技術指導を受けるだろうが,その指導者も見落としやすいのがマクロ・マネージメントである体位維持の仕方であると思う。このため,多くの人はある技術を用いようとして部位調節の方だけを意図していきやすい。有利意図の人は,その時に立骨重心制御と重鎮基底制動による環境作りを忘れないようにする。

指示の仕方:歌や演技の際の発声(立位)
  • ・立骨重心制御を実現する。支持部位である足底全体に体重を預け,呼吸の際に腹部前面が動く程度に腹筋群が弛緩しているか確認する。
  • ・「足底に体重を預けながら,発声する」という意図で発声する。この際に,「自分の出したい声を出す」ことを意図し,腹筋群や声帯は勝手に働いてくれると考える。
  • ・頭を最高位置に位置づけて額を適度に前に向けることで頭を支え,体の前側に体重がかかるように殿部を後ろにすることで骨盤を支えて,腹筋群の牽引に拮抗する。「足底から声を出す」ように考え,声の力に足底から頭まで体の前側を伝わって上がってこさせるように意図して発声する。
  • ・首の筋群を過剰に筋緊張させないように,頭が胴体から独立していつでも動ける状態で発声する。時間的な余裕がある時には,吸息の際に腹部前面が動く程度に腹筋群が弛緩しているか確認する。
  • ・口を開けるためには顎を動かすことを優先する。顎を動かす際は,顎が吊り下がる頭が「前側の支え」で支えられていることを考え,「頭は骨に支えられて安定していて,顎を下方に動かせる」ことを考える。
留意点
  • ・骨盤スライド後傾,胸郭前傾,頭部前方突出と頸椎伸展を起こさないようにする。
  • ・発声時や話す時に「喉を閉じる」反応がある場合は,実行者はバルサルバ操作を採用している可能性がある。立骨重心制御や重鎮基底制動を意図し,バルサルバ操作の反応を抑制するために,「喉の蓋を開ける」ようにして気道を開けておくようにする。
  • ・歌い出す時や発声し始める時の初動時に,筋緊張を強くしてしまって骨傾斜の動きを起こしやすい。歌い出し,話し出しの少し前から適切に体を制御していくようにし,それを初動時にも維持する。

脚注

[39] 開口は主として外側翼突筋の下頭と舌骨上筋群が行う。閉口は主として咬筋,内側翼突筋と側頭筋の収縮によって行われる。

(第8章その8につづく)
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