第8章 有利な呼吸,発声の実現方法(その8)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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目次

8. 管楽器演奏時に気をつけたいこと

管楽器演奏における目的端先導の意図

有利意図の人が管楽器演奏をする際に持つべき目的端先導の意図は,発声と同様の考えで「相手に届く音を出す」となる。また,楽器に息を吹き込んでいくために,楽器まで息の圧力を確実に伝える意図を持つことも役立つだろう。この場合の意図は「楽器から音を出す」となる。こうした技術的な意図に加えて,演奏は表現活動であるため「自分の表現したい情景や感情,抽象概念などを,聴いている人に伝える」「出したい音を出すこと」という表現の意図も有利意図の人は持つべきである。

楽器の支え方と演奏時の体への指示

管楽器演奏の行為は,発声と同じ努力呼吸を用いた活動であるが,その特徴は実行者が楽器に息を吹き込んで音を出すこと,そして楽器を持ち,腕・手・指を用いて音に変化を与えていくことである。

息を吹き込むことは,努力呼息の活動である。このため,有利意図の人は努力呼吸の意図をこの活動に応用する。努力呼吸を有利なものにするためには,実行者は腹筋群の収縮と弛緩を制約なく自由に行える体位維持の状態にすることであった。有利意図の人は,立骨重心制御で重鎮基底制動を行い,そして頭と骨盤を制動して,この状態を実現するのである。これは発声と同じである。

楽器を持つことについては,有利意図の人は楽器の重さも考えて,「楽器ごと体を支える」と考えるとよい。多くの楽器は演奏者の体の前側で支えられることになるだろう。このため,楽器と演奏者の体を合わせた全体の重心は,楽器を持っていない時よりも体の前側に位置することになる。楽器だけでなく,それを持つ腕も前に位置づけられることから,腕の重さも全体の重心を体の前側にシフトさせる要素となる。

ここでは実行者が座って演奏する場合を考える。実行者が支え方に無思慮でいて即席保全でいれば,実行者は楽器を持った際に骨盤を後傾させやすい(図8−3(2))。骨傾斜容認で靭帯や筋の張力に依存しており,楽器と腕によって体の前側が重くなったことに対して,靭帯や筋の張力を得ようとして胴体を後方に位置づけてしまう。この結果,骨盤に加えて脊柱も立骨状態ではなくなり,上半身と楽器を合わせた全体の重心を実行者の坐骨接面部よりも後方に位置づけてしまいやすい。この場合,実行者は体が後方に倒れる力を支えるために腹筋群や腸腰筋,大腿四頭筋といった体の前側の筋群の筋緊張を強くすることになる。この脊柱屈曲や腹筋群の筋緊張は,演奏のための呼吸を制約するものとなる。実行者は,頭部前方突出や頸椎伸展も起こしやすい。

図8ー3 管楽器演奏時の姿勢

図8ー3 管楽器演奏時の姿勢

実行者はこうした骨傾斜と筋緊張を,演奏のための努力呼吸をする際により進ませてしまいやすい。実行者は,呼息形成にあたって腹筋群を収縮させるが,それは胸郭を牽引し,骨盤後傾や脊柱屈曲を促進させる力になる。実行者は即席保全でいれば,こうした骨傾斜を容認して進めてしまうだろう。そして,演奏する際に腹筋群をはじめ体全体の筋緊張を強くすることになる。実行者は,演奏のための呼吸活動を「重く」感じることになるだろう。

有利意図の人は,有利な努力呼吸ができる状態を目指し,楽器や腕の重さも含めた全体の重心を支持基底面上に位置づけるようにして,楽器を持った状態で骨盤と脊柱を立てるようにする。これは,楽器を体の一部として含めて行う立骨重心制御といえる。有利意図の人は楽器を前に持った状態で骨盤と脊柱を立骨状態とするために,殿部で感じる「上半身と楽器を合わせた重量による圧力中心」を坐骨接面部よりも前にくるように腹部前面を前に導くようにする(図8−3(1))。そして,頭を最高位置に位置づけ,楽器と腕と体の重さが殿部の接面部と足底に十分にかかるようにする。

実行者はこの対処によって背筋群の働きを促し,呼息時に起こる腹筋群収縮の牽引に拮抗することできる。また,腹筋群を体位維持活動から解放し,呼吸の制約を除去できる。このため,実行者は「軽く息を出せる」,「軽い力で音を出せる」感覚を得るだろう。



実行者が腕で楽器を支えることについては,第6章で解説した腕の支え方を応用できる。「頭が腕を吊り下げていて,腕を体の前側の胸骨上端部に乗せている」と考えることを述べたが,これに楽器を加える。有利意図の人は,「頭が楽器と腕を吊り下げていて,それらは体の前側で胸骨上端部に乗せている」と考えるのである。そして,楽器と腕の重さを体軸に適切に受け止めさせるように,頭を最高位置に位置づけて骨盤と脊柱を立て,楽器と腕の重さを含めて支持部位に預けるようにするのである。実行者は,こうすることで楽器を支える時に生じやすい肩や腕の筋群の余計な筋緊張を抜きやすくなり,楽器を持つための体の負担を最小限のものにできる。なお,実行者は,楽器を持った状態で「肘を吊り下げる」「肘を落とす」ように意図するのもよい。

そして,実行者は腕や手,指を動かして演奏するが,これも重鎮基底制動を考えて動かすべきである。実行者は腕や手,指を動かすと同時に呼息も形成しており,重鎮基底制動はこの両方の活動の基盤となる。

腕や手,指の動きにおいて実行者が導くべき先導端は,楽器の一部としてよい。管楽器であれば,「パッド(タンポ),ピストン,レバー,スライドといった楽器の部位を動かす」という意図でよい。これも当たり前のことだが,この当たり前のことでよいことを認識しておくとよい。

有利意図の人が持つべき固有制動先を考慮した演奏の仕方は,発声の際と同様に,「支持部位から音を出す」ように考え,「頭を最高位置に位置づけて額を適度に前に向けながら,足底や殿部に体や楽器の重さを預けながら,呼息の力に足底や殿部から体の前側を伝わって上がってこさせて,音を出す」と意図するとよい。

演奏で速い動きや力強い音が求められる際には,実行者は重鎮基底制動を補助するように,立てた体を支える骨を通じて支持部位接面部を支持面に押し付けておくようにイメージすると,体がぶれにくくなる。そして,「足底や殿部から音を出す」ような感覚を維持しやすい。その上で,前面中継部位である胸骨上端部や頭の額から力を伝えて,ピストンやパッドを動かすと意図することで,筋緊張を過度には生じさせずに指や手を動かすことができるだろう。

管楽器の吹き口を口にあてる際には,有利意図の人は「管楽器を口に近づける」意図を持つようにする。骨傾斜容認の人は,吹き口を口にあてる際に自身の頭を楽器の方に近づけるように動かしてしまいやすい。このようにして頭が前方に突出すれば,胸郭前傾に至り,頭や腕の支えとなる脊柱や骨盤の骨の支えが弱いものになる。そして,これが呼吸活動を制約することになる。管楽器奏者に限らず,楽器演奏者の多くは音楽と楽器に注意を集中させて,自身の体のことを忘れてしまいやすい。こうした人は,楽器に自身の体を合わせようとしてしまいやすい。

管楽器に限らず,楽器演奏者に共通していえることは,有利意図の人は音を出して演奏していくにあたって演奏者自身も音を出す役割を担っていることを忘れるべきではない。楽器は内部構造が変化しないが,演奏者の内部構造や使い方は容易に変化し,それは音を出す活動に大きく影響を与える。また,演奏者は楽器のボディとなんらかの形で自身の体を接していくことになる。演奏者が体の筋緊張を強くしている状態で楽器と接すれば,楽器のボディ素材の振動に影響を与えることになり,楽器本来の響きを損なうことになる。こうしたことを考えれば,演奏者はよりよい演奏のために,楽器以上に演奏者自身の体の支え方や,動かし方と呼吸の仕方へ注意を向けるべきであろう。

指示の仕方:管楽器演奏(座位)

  • 楽器を前に抱えたことを考えた立骨重心制御を行う。
  • 楽器を持った状態で,楽器と自身の重さが坐骨よりも少し前にかかるように腹部前面を前に導く。頭を最高位置に位置づけ,額を適度に前に向ける。体の前側に「立てた骨」の支えがあると考え,腹部,首の前側に体重がかかるように体を導く。
  • 楽器を持つにあたっては,「頭が楽器と腕を吊り下げていて,楽器と腕を体の前側の胸骨上端部に乗せている」と考える。頭を最高位置にして立てた骨で楽器と腕を支え,楽器と腕の重さを含めて支持部位に預けるように意図する。楽器の吹き口を自身の口にあてる。
  • 「足底と殿部に自身と楽器の重量を預けながら,吹く,吸う,腕・手・指が動かす,またはパッドやピストンを動かす」という意図と共に演奏する。「足底や殿部から音を出す」ように考え,「呼息の力に足底や殿部から体の前側を伝わって上がってこさせて,音を出す」と意図する。
  • 「出したい音を出すこと」ことを意図し,腹筋群や肋骨などは勝手に働いてくれると考える。
  • 速い動きや力強い音が求められる際には,重鎮基底制動を補助するように,立てた体を支える骨を通じて支持部位接面部を支持面に押し付けておくようにイメージすると,体を安定させやすい。
  • 首の筋群を過剰に筋緊張させないように,頭が胴体から独立していつでも動ける状態で演奏する。時間的な余裕がある時には,吸息の際に腹部前面が動く程度に腹筋群が弛緩しているか確認する。

(第8章おわり。「第9章 心理的プレッシャーと情動の体位維持活動への影響とその対処」につづく)
目次ページへ)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声

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