第9章 心理的プレッシャーと情動の体位維持活動への影響とその対処(その1)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




1. 心理的プレッシャーを受けた時の体の反応

私達が心理的なプレッシャーを受けるときとしては,舞台本番での歌唱,演奏,演技や,大勢の前でのスピーチやプレゼンテーション,スポーツや武道の試合,試合中の勝負所などを挙げられるだろう。体と心理面は密接に結びついており,私達が心理的なプレッシャーを受けた際には体に様々な反応が生じやすくなる。心拍数が上がることは多くの人が感じることだろう。また,話そうとすると口の中の渇きを感じることもあるだろう。これらの体の反応が進むと「あがり」と呼ばれて,手や足や声が震えたり,頭が真っ白になって言うべきことや行うべきことを忘れてしまったり,赤面して顔が熱く感じたりすることもある。こうした体の反応として,体の筋緊張が強くなっていたり,呼吸が浅くなっていたりすることも挙げられる。実行者のこうした体の反応の程度が大きいと,この反応が自身の活動の妨げとなり,実行者は自身の能力やパフォーマンスを発揮できない状態となり得る。普段の練習ではできることが,人前ではうまくできなくなってしまうことを感じる人も一定程度いるだろう。

このような実行者の体の反応のうち,体の筋緊張が強くなっていたり,呼吸が浅くなっていたりする反応は,即席保全の自動プログラムの反応であり,その反応が通常時よりも強化されたものとなるのではないかと私は考えている。体の筋緊張でいえば,実行者は特に腹筋群と首の筋群の筋緊張を強くしており,骨盤スライド後傾や胸郭前傾,頭部前方突出,頸椎伸展も起こしやすい。これらの反応によって,実行者は呼吸を制約することになり,呼吸を浅い状態としてしまう。これらは全て即席保全の対処パターンである。

一定の割合の人が心理的プレッシャーを受けた際に即席保全のパターンに陥っていると考える理由を以下に述べる。

心理的なプレッシャーを感じた際にも私達は体を支える活動を行っている必要があるが,そのプレッシャーによる刺激の強さから,私達は体を支える活動には注意を向けなくなりやすい。目的動作のための筋の牽引や関節を通じた作用力を制する制動や,重量バランス変化による重心乖離の面倒を私達は見なくなってしまうだろう。このため,一定の割合の人は体位維持活動を習慣としている即席保全の自動プログラムに任せる形になりやすい。

こうした状況下で即席保全を促進させる要因の一つは,心理的プレッシャーの強い刺激の中で実行者が安心感を得ようとして「しっかり安定して立とう」とすることと考えている。実行者がこのように意図するために,確実な支えともいえる強い筋緊張による体の固定を無自覚に採用してしまうのではないかという考えである。即席保全の対処パターンである過剰共縮制動による体位維持の仕方は,筋緊張が過剰ではあるものの,それは同時に確実に体を倒さないように保全するものともいえ,実行者にとっては「安全確実」という価値を生むものとみることもできる。



私は筋緊張を過剰に生じさせることのデメリットを認識しているために,体を固めるような強い筋緊張を「過剰」とネガティブに評価しているが,筋緊張を過剰に生じさせることのデメリットを認識していない人からすれば,強い筋緊張は確実性を高める保全となり,「安全確実」とポジティブに捉えられるものとなるだろう。

そして,実行者が有利性よりも安全確実性を優先する場合には,即席保全のパターンは望ましいものとなる。多くの場合,実行者は自身の筋緊張レベルが過剰かどうかの評価をしておらず,このような優先順位の選択を行っているわけではないだろう。実行者は,安全確実な対処パターンを自動的に採用してしまっているだけであろう。

筋緊張による固定に安全確実という価値が加わっていて,それに実行者が安心感を得ていれば,実行者は心理的プレッシャーを受けた際に即席保全の自動プログラムをより強化しやすい。プレッシャーのない時以上に筋緊張を容易に加えやすく,そして筋緊張の程度も強くしやすいともいえるだろう。実行者は通常時以上に筋緊張を強くしてしまう結果,自身の体位維持状態を不利なものとしてしまうことから,実行者が練習時や通常時のパフォーマンスを発揮できなくなってしまうことが起こる。

しかし,結果が評価されるような活動を行う際に,実行者が優先するべきことは有利性であろう。安全確実といっても,心理的プレッシャーによって外部から力が実行者の体に加えられて,体が倒れやすくなるわけでもない。実行者がいくら筋緊張を強めて安全確実な体位維持を実現したとしても,心理的プレッシャーから自らを解放できるわけでもない。よりよいパフォーマンスの実現を目指す人にとっては,筋緊張を強めることは動きの制約を多くするだけであり,余計な反応でしかない。

ある人が筋緊張による体の固定に安心感を得ているとすれば,その人が対処パターンを是正していくことに難しさがあるといえよう。しかし,心理的プレッシャーを感じた際の体の筋緊張などの反応が即席保全によるものだとすれば,それは第4章で説明したように是正可能なものである。脳のプログラム改変は可能であり,随意による制御が可能だからである。

第9章その2につづく)
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