3. ネガティブな情動への反応と対処
私達は情動によって体の状態を変化させやすい。実行者が楽しく感じたり,穏やかさや友愛を感じるなど,居心地がよいと感じる場合は,実行者の体の状態はあまり悪いものにはならないだろう。しかし,実行者が敵意を感じたり,恐怖を感じたり,心配や不安,悲しみを感じるなど,ネガティブな感情を実行者が持つ場合は,体の状態としてもネガティブな不利な状態となりやすい。こうしたネガティブな情動のある際に,一定の割合の人が陥りやすいものが即席保全の対処パターンであると考えている。以下に,いくつかのネガティブな情動において起こりやすい体の反応の仕方を述べる。同時に,こうした情動のあった際にも体への負担を最小限に留めるために,有利意図の人が行っていくとよい対処の仕方についても述べる。
敵意や恐怖を感じた際の反応と対処
私達は敵意を感じたり,恐怖を感じた際には,体に強い筋緊張を生じさせやすい。こうした感情を起こす対象に対して,私達は攻撃しようとしたり,体を守ろうと反応するからである。これは闘争・逃走反応というもので,この反応によって交感神経が亢進し,体は筋緊張を起こしやすい準備状態になる。
この際に実行者が起こす体の筋緊張や動きの反応は,即席保全のパターンとなるのではないかと考えている。実行者はこうした情動を感じた際にも当然ながら体位維持活動を行っているが,その刺激の強さから体位維持には注意を向けないだろう。このため,一定の割合の人は習慣となっている即席保全のパターンを採用しやすい。そして,この即席保全の対処パターンは「体の防御」ともなり,実行者にとって都合のよいものとなる。
腹筋群の筋緊張強化と胸郭前傾の動きは,私達が腹部を防御するときの処置となる。腹部臓器の損傷は致命傷となるものの,腹部前面には腹部臓器を被う骨格がない。この腹部を防御するには,腹筋群緊張を強めて胸郭を下げることが最善策となる。ボクシングで,ボディのガードを行う時の動きであり,ガードしている状態である。また,首の筋緊張強化と頭部前方突出と頸椎伸展は,私達が頸部を防御するときの処置となる。首には脳に血液を送る頸動脈が皮膚下にあり,ここも致命的な部位といえる。ここを防御するには,首の筋群の筋緊張を強めて頭部前方突出と頸椎伸展させることが最善策となる。
このように即席保全の人が起こす筋緊張や骨傾斜は,体の弱点となる部位の防御にもなる。それはこのような動物的本能ともいえる反応となることもあって,一定の割合の人は防御の手段としてこの自動的な反応を採用してしまいやすいのではないかというのが私の考えである。もし,そうだとすれば,体の筋緊張に「体の防御」という付加価値が加わっているために,実行者は敵意や恐怖を感じた歳に即席保全の反応を強化しやすく,筋緊張の程度を強くしやすいともいえる。
私達が暴力などで体への攻撃を受けるとき,または暴力的に口頭で責められるなどで体への攻撃を想起するときには,私達はその反応として体の筋緊張を強くするだろう。または,例えば大きな地震に遭遇した際に私達は恐怖を感じるだろうが,そのときも体の筋緊張を強くするだろう。それが突発的な事態であれば,私達は驚愕反応(startle response)と言われる体の反応を起こしているだろう。この驚愕反応も,首の筋群を強く筋緊張させて,脊柱屈曲と頭部前方突出,頸椎伸展を起こす反応であり,過剰共縮制動と骨傾斜容認の反応パターンに類似する。このため,実行者が突発的な事態で驚愕反応を起こした後に,恐怖を感じても,実行者は同じ筋緊張を継続させるだけである。
これらの実行者の反応は無自覚に行われるものではあるが,自身の体を防御するためのものであり,適切ともいえる反応である。この反応によって実行者は体に負担を課すことになるものの,それは余計な負担とはいえないだろう。
こうした情動があった際に,有利意図の人が負担軽減のために考えられることがある。それは,実行者が敵意を感じた際に,体を防御しなくともよい場合もあることである。それは,暴力など直接的な体への接触が起こりにくい場合である。例えば,議論や口論をする際には時として実行者は敵意を感じることもあるだろう。しかし,暴力を受けるわけではない。こうした際に,実行者が体の防御の目的で体の筋緊張を無自覚で強くしていたとすれば,それは役立っていない。これは余計な反応といえるだろう。この反応は,体の余計な負担となり,呼吸や声,動きといった機能に制約を加えることになる。
また,もう一つ有利意図の人が考えられることは,敵意を感じたり,恐怖を感じた後に,防御が必要な状況が終わったにもかかわらず,防御のための体の筋緊張を続けてしまう可能性があることである。こうした刺激がなくなった後の状況においても,実行者は興奮した感覚や恐怖感を継続して持ちやすい。それは交感神経の亢進が継続している中で,実行者がその状況を無意識的に反芻していたり,また起きるのではないかと警戒を無自覚に続けてしまうからかもしれない。これは,実行者が敵意や恐怖を感じた後に心配や不安の感情を持った状態といってもよい。実行者は,こうした情動を起こしている間は,体の過度な筋緊張を継続させてしまいやすい。しかし,いくら筋緊張を継続させたところで,体の防御の必要性がなくなっているのであれば,この反応は余計な反応となる。実行者が筋緊張を継続することによって,実行者の興奮や不安が薄れることになるわけでもない。むしろ,実行者の筋緊張自体が実行者の興奮や不安を促してしまっている可能性すらある。実行者のこの無自覚な反応は,体への余計な負担を課すものとなるだろう。
ここで述べた二つのことは,有利意図の人が是正できる反応のことである。これらは,実行者が体位維持活動に無思慮でそれを筋即席保全に任せてしまうために,役立っていない筋緊張を加えてしまうケースである。有利意図の人は,自身の状態に気づき,そして体の防御の必要が無いこと,無くなったことに気づくようにする。そして,有利な体位維持活動を採用すれば,この余計な筋緊張をやめることができる。実行者はこの抑制によって,敵意や恐怖を感じた時の体の負担や機能制約を軽減することができる可能性がある。
これは,いわゆる「落ち着く」「冷静になる」という対処といえるだろう。それを体の使い方として具体的に表現したものといえる。有利意図の人は,日頃から自身に気づくようにしていれば,こうした事態に遭遇しても自身に気づきやすく,有効な対処をとることができるだろう。これは,実行者が敵意や恐怖を感じたような事態で,その後の行動について最適な選択をしていくことに役立つだろう。
コメント