3. ネガティブな情動への反応と対処(つづき)
心配や不安,切迫感が継続する際の反応と対処
仕事上や生活上の責任を過度に負うことが続いたり,厳しい競走にさらされたり,経済的に不安定な状態が継続するなどの際には,成し遂げようとする切迫感や,不安や心配から,やはり実行者は交感神経を亢進させやすいだろう。こうした際には,実行者の肉体や生命が脅かされるわけではないものの,現在のキャリアや将来のキャリアアップ,名誉,そして現在の生活といったものは脅かされる。結果的に,実行者が闘争・逃走反応を起こしてもおかしくはない。そして,一定の割合の人は,交換神経亢進によって体の筋緊張を強くしている状態を継続させてしまうことになる。
こうした情動は,恐怖のような短時間のものではなく,より時間的に長く継続する場合が多い。夜の就寝時まで続き,それが連日のように続くこともあるだろう。その間に実行者が体の筋緊張を強くしている状態を続けてしまえば,実行者は就寝時に寝付きにくくなっていたり,寝ても疲れがとれないと感じる状態に至っているかもしれない。
交感神経亢進があるからといって,実行者が体の筋緊張を過剰に生じさせないことは可能である。骨格筋の筋収縮は随意制御が可能であり,収縮させるか,させないかを実行者は選択できるからである。交換神経亢進は実行者の筋緊張を促進しやすいだけで,それが直接的に筋緊張させるわけではない。筋収縮は,実行者の指示によるものである。実行者が体位維持活動を即席保全の自動プログラムに任せていれば,交感神経亢進に促されて実行者は筋収縮の指示を自動的に生成してしまうことになる。そして,筋収縮を反射的に生じさせてしまうことになる。この指示生成は,実行者の脳の自動プログラムによる反応によるものであって,私達の持つ反射機能の反応によるものではない。このため,実行者が,体位維持活動を即席保全の自動プログラムに任せずに意図して有利なものにしていれば,筋収縮の指示を生成せずに済み,筋収縮を抑制できるのである。
不安や心配が継続する際に加え,悲嘆が大きいときなどには,実行者は体位維持状態を骨傾斜容認状態や重心乖離容認状態にしやすいだろう。実行者は,骨盤を前方にスライドして後継させ,頭から脊柱の椎骨一つずつを前方へ傾斜させて,筋や靭帯の張力の支えに依存する状態にしやすい。実行者は特に靭帯張力に依存し,それに「寄りかかる」形にしやすい。「うなだれる(項垂れる)」という言葉で表現される状態である。
これは不安や心配,悲嘆といった感情とその刺激から生まれる思考に全ての注意が向かい,自身の体位維持活動に注意が向かわなくなる中で,実行者が体位維持の仕方を即席保全に委ねてしまうからであろう。実行者は,そのネガティブな感情から自身を適切に立たせようとする意欲を起こせずに,筋や靭帯の持つ許容力に依存することになる。体のセーフティネットに依存しているともいえるだろう。実行者がこうしたネガティブな感情を持つ際には,自身が行うべき様々な行為のモチベーションが下がりやすい。そして,同時に体位維持活動のモチベーションも下がり,実行者の体位維持活動から積極性が失われ,それが受動的で事後的な対応となってしまうのだろう。
実行者が骨傾斜や重心乖離させる際は,椎間板に変形圧力を加え,呼吸を制約し,内蔵臓器を圧迫することになる。内蔵臓器の圧迫は,その内蔵の機能を制約することになり得る。特に,中空器官である胃や腸の影響は大きくなる可能性があると考えている。ストレスを受けたときに,胃や腸の消化器官の機能が損なわれやすい。消化器官の機能への影響は交感神経亢進が過度に進んだことによる影響が大きいだろうが,一方で物理的な圧迫も状況を悪化させる可能性を指摘したい。
こうした骨傾斜や重心乖離の状態についても,是正は可能である。有利意図の人は,自身に気づき,立骨重心制御の状態にするのである。そのためには,体位維持活動を有利なものにしようとする積極性が求められる。刺激の強さから,実行者は全ての注意を思考と感情に向けてしまいやすいが,その際に「自身の体位維持活動に気づいて是正する」意図を持つようにする。骨傾斜や重心乖離の状態でいることは体に余計に負担を課すだけであって,実行者はこれを無自覚に継続していても体調や気分を含めて何も好転させられないからである。
実行者が自身に気づき,筋緊張の反応を抑制したり,骨傾斜や重心乖離を是正できたとしても,こうした感情を生み出す原因となったストレス(ストレッサー)となる外部環境を実行者が変えられるわけではない。しかし,この対処によって,実行者はそのストレスを受けた際における体への負担を軽減することはできると考えている。これはつまり,この対処によって実行者がストレス耐性を高められるという考えである。
慢性的な腰痛の一つの原因として過度なストレスの継続があると言われる。これはストレスが腰痛を引き起こすという考えである。しかし,私は,即席保全の反応がストレスと腰痛の間にあり,ストレスを受けている人が自身の即席保全の反応を是正することで,腰痛を引き起こさないようにできる可能性を指摘したい。
ストレスで悩む人は,ストレスとなる外部環境をよりよいものに改善していく工夫と努力もするべきだろう。これも変えることが可能なものではある。ただし,これは一般的には変えにくいものとなろう。仕事を変える,人間関係を変える,生活する場所を変えるなどは,容易には変えにくいものである。有利意図の人は,変えられることと変えられないこと,または変えやすいことと変えにくいことを把握し,全てが変えられないことと無自覚に考えず,比較的容易に変えられることを有利なものに変えるようにするとよい。自身の体位維持活動を有利なものにすることは,実行者が容易に変えられるものであり,ストレスや情動の対処として有効なものと考えている。
(第9章おわり。第10章「体の使い方へ向ける注意」につづく)
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