第3章 動作時に陥りやすい体位維持の仕方(その4)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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目次

3.過剰共縮制動を採用してしまう理由

必要以上に速い動作をしてしまいやすい

次に,過剰共縮制動に陥る二つ目の理由を述べる。それは,一定の割合の人は必要以上に速い動作をしてしまいやすいことである。

私達が何かの動作をする時は,体のある部位を動かすことになる。そして,静止状態から,その部位を加速させて動かすことになる。私達が速い動作をするということは,その加速度を大きくすることを示している。また,私達は動作を止める必要もあり,部位の動きの速度を減速させることになる。私達が速い動作をするということは,その減速度も大きくすることを示している。

このような加速や減速は力によって実現されるものである。このため,私達が速い動作をするにあたっては,力の源である筋収縮がより求められることになる。私達が速い動作をした場合は,体を支える骨への牽引力や関節を通じた作用力も大きくなり,体を支える骨はより動かされやすくなるといえる。また,その際に私達には,体を止めるより大きい制動力が必要となり,腹筋群や首の筋群の筋緊張をより強くすることになる。私達の動作が速いほど,その目的動作のための筋の筋緊張は強くなり,同時に制動のための腹筋群や首の筋群の筋緊張も強くなる。反復動作では,この加速と減速が繰り返されることになる。実行者が反復動作を速く行えば,制動のために腹筋群や首の筋群の筋緊張を強くすることになり,それを反復動作中に継続することになる。

このように,実行者の動作の速さが,腹筋群や首の筋群の筋緊張を促進させる要因となる。そして,その動作速度が速すぎるのであれば,実行者の制動の仕方は,腹筋群と首の筋群が過剰に筋緊張する過剰共縮制動となるのである。

一つ目の理由では,実行者が骨傾斜容認でいることで,その制動の仕方が過剰共縮制動に結果的になることを述べた。ここで示したように,実行者が骨傾斜容認でなくとも制動の仕方が過剰共縮制動となり得るのである。

私が指摘したい過剰さとは,過剰共縮制動が求められるような速度で行わなくともよかった動作を,実行者が速度を必要以上に上げて行ってしまうということである。実行者が動作の速度を上げなければ,筋緊張は抑制でき,体を支える骨の制動力を大きくせずに済んだのである。この可能性があったにもかかわらず,実行者が動作速度を必要以上に上げてしまうために,制動のための腹筋群や首の筋群の筋緊張をより強く加えざるを得なくなるのである。

一定の割合の人は,歯磨きの行為を,腹筋群と首の筋群の筋緊張を過剰なものとする過剰共縮制動で行いやすい。しかし,歯磨きの行為は,一定の速度を超えなければ,実行者が腹筋群や首の筋群の筋緊張を過剰に加えなくともできる行為である。一定の割合の人は,この歯磨きの行為を速度を上げて行ってしまうために,それに過剰共縮制動を採用してしまうことになる。

こうした人は,歯磨きの行為だけでなく多くの行為を,過剰共縮制動を要するほどの速度で行ってしまいやすい。習慣的な行為であるほど,動作速度を上げやすい。例えば,タイピング,文章を書く,歩く,掃除をする,言葉を話す,話す際の手振り,うなずく動作,等々の日常生活や仕事の行為,その仕草などであり,それらは多岐にわたる。また,呼ばれた際に素早く振り向くなど,ある刺激があった後の反応が速い人もいる。刺激に咄嗟に反応して動作する傾向の人も,初動が速くなることから,体に大きな牽引力を生じさせてしまい,結果的に過剰共縮制動をとらざるを得なくなる。こうした人は,過剰共縮制動を採用する程度の動作の速さが,自身の動作ペースの基準になっているかもしれない。

こうした傾向を持つ人は,それほど少なくないように思える。動作が速いことや,反応が速いことは,一定の価値を生む。主には,時間的な価値である。特に現代社会では,動作の速さや反応の速さは,時間効率を高めることから重視されやすいことでもある。また,価値とは関係なく,その人の習慣で速くしてしまうこともある。これには,実行者が親のしつけで急かされる経験が多かったり,または親を始め身近な人で速く動いたり話したりする人を無意識的に真似してしまっていたり,または性格的に「せっかち」であったり,といった要因が挙げられるだろう。

この過剰共縮制動による腹筋群や首の筋群の筋緊張は,実行者がその動作の速度を下げても行える可能性があったならば,過剰なものとなることに変わりはない。

実行者の動作速度が一定の速度を超えないものであれば,部位や体節の動きの筋収縮による牽引を受けても,体を支える骨はそれほど動かされず,過剰共縮制動のような腹筋群と首の筋群の筋緊張を加える必要はない。この場合,実行者は制動のための筋緊張をほとんど加えなくともよいように感じられるだろう。



制御の仕方が類似するバルサルバ操作に頼りやすい

三つ目の過剰共縮制動に陥りやすい理由は,一定の割合の人はバルサルバ操作に頼る傾向を持っており,バルサルバ操作に類似する過剰共縮制動を制動のために採用しやすいことである。

バルサルバ操作とは,実行者が腹筋群を収縮させると共に声帯を閉じて,胸腔と腹腔内圧を高める操作のことである。この操作を行うことで,実行者は胴体の前側に梁のような支えを形成できる(図3−3)。このため,実行者はこれによって,背筋群や体を支える骨の負荷を減らすことができる。つまり,実行者はバルサルバ操作を行うことで,自身の体位維持を補助することができるようになる。一定の割合の人は,無自覚にこのバルサルバ操作に頼る傾向を持っており,様々な動作でこの操作を行っていると考えている。

図3-3 バルサルバ操作

図3-3 バルサルバ操作

過剰共縮制動は腹筋群と首の筋群の筋緊張を強める制御である。バルサルバ操作を行う人は,首の前側の喉頭で声帯を閉じることに加えて,同じ首の前側に位置する筋群の筋緊張を強めるだけで,バルサルバ操作を過剰共縮制動にすることができる。過剰共縮制動とバルサルバ操作は類似する制御であり,バルサルバ操作を無自覚に用いている人は,制動のために過剰共縮制動を無自覚に採用してしまいやすいと考えられる。

この逆の場合で,過剰共縮制動を採用している人が,類似するバルサルバ操作を無自覚に採用している場合もあるだろう。声帯を閉じる操作を一つ加えれば,過剰共縮制動はバルサルバ操作となるからである。

しかし,私達はバルサルバ操作を用いずとも,様々な体位維持を行うことができ,様々な動作も達成できる。このことから,バルサルバ操作は過剰共縮制動と同様に過剰な処置となる。更に,それは次のような不利な点がある操作である。バルサルバ操作の際は,実行者が声帯を閉鎖するために喉頭部の筋緊張を強くすることから声帯の筋群に負担が生じ,実行者の声の質も劣化させること,胸腔や腹腔内圧が高くなることから臓器などの器官への圧迫が強くなることである。バルサルバ操作は,私達にとって必要なものでない中で,体に負担を生むものであり,不利な処置といえる。不利な点の詳細は後述する。
このようにバルサルバ操作自体が過剰なものであり,それは過剰共縮制動に定義的に包含される制御ともいえる。このため,バルサルバ操作をする人は,過剰共縮制動をしていると言ってもよいかもしれない。このように,一定の割合の人は,バルサルバ操作に頼る傾向を持っており,このため類似する過剰共縮制動に陥りやすいと考えている。

汎用的で単純な対処である

最後の理由は次のものである。過剰共縮制動は汎用的で単純な対処の仕方であり,実行者の注意をそれほど要しない体位維持の仕方となり,体位維持に注意を向けない私達にとって都合のよいものとなる。このため,一定の割合の人が過剰共縮制動を採用してしまうと考えている。

過剰共縮制動は,実行者が腹筋群と首の筋群の筋緊張を強くする制御である。その制御は,本章の最初に述べた重心変位時の陥りやすい対処の仕方と同様の特徴を持つものとなる。どちらも腹筋群と首の筋群の筋緊張を強くするという特徴を持つ。このため,実行者は,動作時に過剰共縮制動を行うことで,体の制動と重心変位の二つの対処を同時に達成することができる。具体的にいえば,実行者はこの過剰共縮制動を採用することによって,体の制動をするのと同時に,上半身が後方に倒れる力を受け止めることができ,多少の後方への骨傾斜や重心乖離が起こっても,それを修正せずに対処できるようになる。体全体を後方に倒れにくくすることができる。

実行者は,過剰共縮制動を行うだけで,どのような動作の場合にも必要な体位の維持を達成することができ,その行為を実現させることができる。このことから,過剰共縮制動は,汎用的な対処の仕方ともいえる。

また,過剰共縮制動は,実行者が特定の筋の筋緊張を強くする処置であり,実行者が意識的に部位を動かす処置ではない。実行者は,筋群の筋緊張の程度を必要に応じて変える必要はあるものの,それさえ変えられれば,様々な動作時に体位維持を実現できる。このことから,過剰共縮制動は筋緊張を用いる単純な対処の仕方となるといえる。

その制御が汎用的で単純なものであれば,実行者は制御にそれほど注意を向ける必要はないだろう。私達の多くは,動作時に体位維持の仕方や,そもそも体位を維持していることに注意を向けない。このため,過剰共縮制動は,体位維持のことを考えない私達にとって都合のよいものとなる。このため,一定の割合の人は動作時に過剰共縮制動を採用してしまうと考えている。

こうした点が,一定の割合の人が過剰共縮制動を採用してしまいやすい理由となると考えている。

第3章その5につづく)
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