第4章 即席保全の自動プログラムとその影響(その10)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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目次

5. レッスンの有効性の前提

即席保全の自動プログラムを定着させている人が,レッスンを通じて有利な体の使い方に是正していけるということには,一つの前提がある。それは,レッスンで指導者がクライアントに適正な体験を伝えられるという前提である。レッスンで,クライアントが有利な体の使い方の固有感覚を得られるという前提である。

指導者は見ることと指で触れることを通じて,クライアントの腹筋群や首の筋群などの筋緊張程度を把握できる。皮膚の表層に近い筋群が筋収縮すれば,収縮によって筋腹で皮膚が押し出しされたり,その周りがへこんだりして,筋が露出することになる。この筋のある箇所が服で覆われておらずに露出していれば,指導者はその筋緊張を視認できる。また,その筋の箇所が服で覆われていたとしても,その服が厚さのある服や固い素材の服でなければ,指導者は服を介して皮膚表面に触れることで,その筋緊張を指の触覚を通じて感知することもできる。また,骨の傾斜や骨傾斜の動きも,指導者は視認できる。この見て,または指で触れてわかる情報を用いて,指導者はクライアントの状態を把握することができる。

指導者は,自身の腹筋群と首の筋群などの筋緊張程度を高い感度で感知できる。自身の感度が高い場合には,他者となるクライアントのこうした筋緊張を感知しやすい。これは,私達の脳の神経細胞の一つであるミラーニューロンの機能から考えられることである。ミラーニューロンの機能とは,それがあることで,ある人が他者のある動きを見れば,その人自身がそのように動かなくとも自身の動いた感覚として脳で感知できる,というものである。つまり,このミラーニューロンの機能があることから,私達は他者の固有感覚をあるレベルで感じることができるのである。この機能を用いることで,私達は固有感覚の壁を超えられるのである。指導者は,この機能を活かしていると考えている。

指導者の感度が高ければ,他者が頭部前方突出や胸郭前傾,骨盤スライド後傾などを起こした時に,指導者はそれが微細なものであっても他者を見ることで感知できる。また,指導者は,他者の全体の動き方をみることで,服に覆われているなどで他者の筋緊張を実際に視認せずとも,腹筋群や首の筋群の筋緊張程度を自身の感覚として得ることができるようになる。そして,他者の体に触れれば,より繊細な筋緊張の感覚を把握することができる。



指導者は,動きや筋緊張を見ていくことと体へ触れていくことに加え,クライアントの発声する声を聞くことでも,クライアントが発声時に喉の筋緊張や体の筋緊張を過剰にしているかどうかを把握することができる。また,指導者は,クライアントの呼吸の動きを見ることで,クライアントが息をつめているのか,適切に呼息や吸息が行われているか,呼吸の頻度が多いかどうかもわかるようになる。

指導者がミラーニューロンの機能で得ている情報というのは,他人の動作を見たり,体に触れたり,声を聞いたり,他人の呼吸の仕方やペースを把握した際の「自身の感覚とは異なる不自然な感覚」の情報である。指導者は,一般的な人よりもこの不自然な感覚を,より高い感度で感知することができる。

そして,指導者がレッスンでクライアントを是正していく際には,指の腹で触れてクライアントの筋緊張を感知しながら,自身の感覚と大きく異ならず,指導者が不自然に感じないようにクライアントの姿勢や動作を導いていく。こうした是正方法は,多くの技術指導で一般的ともいえる。指導者が被指導者を見ながら,自身の感覚との違いを感知し,手取り足取りで適切な仕方を提案していく,というものである。指導者が言葉で補足説明していく場合もあるだろうが,それがなくとも指導者は直接的に被指導者を導くことができる。

このようにして,指導者はクライアントに適正な体験を伝えていくことになるが,そのレッスンの成否は,指導者がいかに有利に自身の体を使えているかに関わるといえるだろう。伝えているものが適正か否かは,指導者が行っていることが基準となる。私は指導者であるが,私がクライアントに提案するものは私の体の使い方といってもよい。

では,私自身が最善な体の使い方をしているのかと問われれば,それはわからない。そもそも,ある個人が最善の方法で体を使えているかどうかは,誰も客観的に評価できないだろう。指導者が行えることは,クライアントを最善という完全な状態に導くことではなく,クライアントの過剰さを感知して,その過剰さを出来るだけ取り除くことであると考えている。それだけでクライアントの姿勢や動作の効率を良くすることができ,より有利な体の使い方となり得るからである。指導者の体の使い方が,より最善な状態に近ければ,クライアントの過剰さにより繊細に気づくことができ,クライアントをより最善に近い状態に導くことができるといえるだろう。レッスンの有効性には指導者の技術レベルという要素も関わるが,これは全ての技術指導についてあてはまることであろう。

(第4章終わり。第5章につづく)
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有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声

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