第4章 即席保全の自動プログラムとその影響(その7)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




4. 即席保全の是正に向けて

ある人が即席保全を定着させていて,それを放置すれば,その人は前述したような悪影響を延々と被ることになる。その人は,体への負担を増やし,機能を制約するなど,姿勢や動作を不利なものとし,パフォーマンスを劣化させることになる。

体の痛みがあったり,パフォーマンス上の問題がある人も,自身の問題の原因が「体の支え方」からくる問題とは思っていないだろう。一般的な技術・動作指導や医療においても,この点は指摘されていない。このため,体位維持の仕方は不利なまま放置され,こうした問題の改善に至りにくいように感じている。

仮に,是正を目指す人が自身の問題が体の支え方による問題だったと認識したとしても,体の使い方の是正にはいくつかの難しさがあり,容易には是正できないだろう。即席保全の是正の難しさの背景には,前述した「脳における自動プログラム化」と「強い筋緊張の感覚への実行者の慣れ」などの要因が関係している。

ここでは,即席保全を身につけた人が,その難しさを克服してその習慣を是正していくための五つの方針を以下に述べる。

①脳における運動の自動プログラムの定着である⇒体の支え方を意識的に行い,脳の認知過程を活性化させる

即席保全の対処パターンを日常的に行っている人は,無自覚のうちに脳でその自動プログラムを構築してしまっていると考えている。即席保全の対処パターンは,脳で構築された運動の自動プログラムとなる。しかし,それが脳の運動の自動プログラムであっても,私達はそれを是正することが可能である。
是正できるという私の主張の一つの前提となることは,私達は体の支え方を随意で変化させることができる,ということである。私達の行う体位維持活動とは,私達の運動に相当する。私達は,骨格筋を用いて運動を行うが,体位維持活動も同じように骨格筋を用いて行う。骨格筋の収縮と弛緩については,私達は随意で制御できる。このため,私達は随意で体の支え方を変えられるのである。私達は体の支え方をどのようにするかを選択できるのである。ここで述べていることは,私達が脳で運動のプログラムを定着させていたとしても,それはあくまでも一つのプログラムであり,私達は意識的には別の運動の仕方を選択できる,ということである。このため,私達は意識的に体の支え方を変えることができる,ということである。

そして,もう一つの前提は,私達は脳のプログラムを書き換えることもできる,ということである。脳のニューロンレベルの再編成ともいえる脳の可塑性は,認知科学の分野で確認されている。即席保全のプログラム自体も私達は書き換えることができるといえる。

こうしたことから,実行者が即席保全の自動プログラムを定着させていたとしても,その習慣から脱却し,是正していくことができると考えている。ただし,こうした人が是正していくにあたって,こうした前提を満たすために求められることがある。

それは,体位維持活動についての脳の認知過程を活性化させることである。これを具体的に言えば,是正を目指す人が,体位維持という活動を知覚し,注意を向け,そして活動の目的や意味を理解した上で,具体的な指示と共に,有利な体位維持の仕方を実現していくことである。わかりやすくいえば,自身の体の支え方を意識的に行うこと,ともいえる。

私達は,体の支え方に注意を向けなくとも,体を支えることができてしまう。それは,私達が脳で自動プログラムを構築しているからである。即席保全の人は,体の支え方に注意を向けていかなければ,自動的に即席保全の対処パターンを実行してしまうことになる。是正も脱却もできない。是正を目指す人は,体の支え方に注意を向け,それを意識的に制御していく必要がある。

そして,体位維持活動には有利なものと不利なものがあるのだが,そういったことを私達の多くは考えないだろう。仮に,私達が体位維持活動に注意を向けて意識的にやろうとしても,どのようにすればよいかについて明確な指針がなければ,何を意識すべきなのかわからないだろう。是正を目指す人は,有利な体位維持活動を目標として実現していくようにするのである。そのために,是正を目指す人には,体位維持活動の目的を理解していること,有利な体位維持活動の仕方を知ること,それを選択すること,実行するために具体的に指示を出していくこと,が求められると考えている。つまり,一定の思考が求められるということである。

これは,脳の可塑性を含む認知理論を基にした認知運動療法の考えの応用といえる。認知運動療法の実践者である宮本省三は,「認知理論では『脳の認知過程を活性化することにより運動機能回復が促進できる』と仮説づけられている」「認知運動療法の最大の特徴は,従来の運動療法のように単に身体を動かしたり動作を反復練習するのではなく,患者に思考(考えること)を要求する点にある」としている[29]。ここでの脳の認知過程とは,知覚,注意,記憶,判断,言語のことを示している。



②最小限の筋緊張で体位維持する感覚を失う⇒重力が自身に働くことの再認識

実行者が即席保全の自動プログラムを定着させてしまうと,前述したその暴走の反応も含めて,様々な状態や動作において筋緊張を強くすることになる。実行者はこうした状態でも体位を維持することはでき,多くの動作をあるレベルで達成できるだろう。しかし,この結果,この即席保全でいる人が失うものがある。それは,筋緊張を緩和させていられる対処の仕方であり,その状態の感覚である。特に失われやすい感覚が,体位維持活動において主動する抗重力筋群を体の倒れる力に拮抗するように働かせて,腹筋群や首の前側の筋群の筋緊張を適度なレベルまで緩和させる感覚である。つまり,最小限の筋緊張で倒れる力に拮抗し,体位を維持する感覚である。

即席保全の対処の一つである過剰共縮制動は,実行者が筋緊張を用いて体位維持を確実に保全しようとする対処であり,腹筋群や首の前側の筋群と背側の抗重力筋となる背筋群を強く共縮させる対処である。強く共縮させることにより,実行者は体位を確実に保全することができる。前述した喩えのように,手でしっかりとバットを掴み,確実に倒さないようにできる。しかし,実行者の動きが速い動きや力強い動きでない場合は,体の両側の筋緊張を強くする程度の共縮の必要はないのである。指で軽くバットを支え続けるように,実行者は筋緊張を緩和させて体を支えられるのである。

体には重力が働く。私達が体を起こしている時は,常に体には倒れる力が働くことになる。この体の倒れる力に抗重力筋群が拮抗していくことになる。これが抗重力筋の本来の役割である。そして,この抗重力筋の働きを基にした体位維持の仕方が,本来のあるべき姿となる。

上半身でいえば,脊柱起立筋が抗重力筋となり,この脊柱起立筋が上半身の前に倒れようとする力と拮抗しながら働く状態が,本来的な状態となる。この状態では,実行者は体の前側の腹筋群や首の前側の筋群の筋緊張を,ある程度弛緩させることができる。この状態が,実際の体で実現している「指で軽くバットを支え続ける」状態となる。

図4−1 野球のバットを床面に立たせる方法

(再掲)図4−1 野球のバットを床面に立たせる方法

実行者が,この抗重力筋群の適度な働きを促すにあたっては,抗重力筋が牽引される刺激となる「体の倒れる力」を抗重力筋群にかけていく必要がある。つまり,実行者は体を倒れる状態にするということである。そのためには,実行者には体の倒れる力がどのように生じているかを感知することが求められる。これにあたっては,実行者にはそもそも自身の体に重力が働くことの再認識が求められるだろう。是正を目指す人は,重力が自らの体に働くことを再認識していくことで,体の倒れる力を感知しやすくなり,抗重力筋群の適度な働きを促しやすくなる。

重力は絶対的に働いている力であるが,それが常に働いていることから,私達は重力が自身に働いていることの感覚を欠落させやすい。私達の体が落下するという感覚は,高い所から飛び降りれば得られてものだが,床の上に居続ける間は得にくいものとなる。また,私達に倒れる力が常に生じているという感覚も,滅多に転倒せず,何も考えずとも体位維持できることから,得にくいものとなる。実行者が即席保全でいて筋緊張に頼っていれば,なおさら重力の働きの感覚はなくなりやすい。是正を目指す人は,こうした感覚を取り戻すにあたって,まずは重力の働きを再認識していく必要がある。

是正を目指す人は,「自身に倒れる力が働いていること」という認識を持つようにし,体位維持の際にこれらを考慮するのである。または,同じことの別の見方となる「自身に体重があること」を再認識し,考慮するのである。「体重があって自身が床面を押していること」を考慮するのである。実行者がこうした認識と考慮を持つことで,その力を感知できるようになり,抗重力筋群の適度な働きを促し,腹筋群や首の筋群の筋緊張を緩和できる状態に自身を導けるようになる。重力が自身に働いていること,自身に体重があることを再認識していくことが,是正を目指す人が有利な体位維持を実現していくにあたっての一つのカギとなると考えている。

脚注

[29] 宮本省三 『脳のなかの身体 認知運動療法の挑戦』 講談社,2008年。

第4章その8につづく)
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有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声


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