第6章 有利な体位維持の仕方の実現方法(その4)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




2. 頼れる感覚的な情報,頼れない感覚的な情報

「脛と大腿部前側に体重がかかるようにする」「首の前側で頭を支えている」などは感覚的な情報を用いた意図である。有利意図の人が,体の使い方に変化を与え,有利なものを実現するにあたっては,この感覚的な情報を用いる必要があると考えている。そして,感覚的な情報には頼れるものと頼るべきでないものがあると考えている。

実行者が得る接地部位における圧力の感覚や,筋や腱における筋緊張の感覚は,体性感覚の情報である。足底などの接地部位で感じるものは皮膚感覚で,特に触覚と圧覚の体性感覚である。筋緊張の感覚は,固有感覚と呼ばれる体性感覚である。これらの体性感覚の情報は,評価をされる以前のもので一次情報となる。

実行者が姿勢や動作を制御していくにあたって,この一次情報となる体性感覚を「客観的な基準に基づいて評価した二次情報」は頼ることのできる感覚的な情報となると考えている。逆に,実行者が頼るべきでない感覚的情報というのは,同じ評価の加わった二次情報であるが,「真っすぐ立っている感覚」「今までの自分の立つ感覚」などのように客観的な基準のない評価が行われたものである。この理由を以下に述べる。

「大腿部前側に体重がかかるようにする」という感覚的な情報は,一次情報の筋緊張感覚を客観的な基準に基づいて評価した二次情報となる。この感覚的な情報による指示で実行者が実現したい理想状態は,骨盤の立骨状態である。骨盤の立骨状態は,胴体以上の体に前に傾く力のモーメントが生じていて,筋がそれを支えている状態である。この状態では,実行者の大腿部背側の大腿二頭筋が,その力のモーメントを支えるために伸張されて筋緊張を強めている一方で,大腿部前側の大腿四頭筋は伸張されずに適度に弛緩することになる。

この状態において,実行者は大腿四頭筋と大腿二頭筋の筋緊張または筋弛緩の感覚を得ているが,これらの感覚的情報は単独では一次情報である。しかし,実行者はこうした一次情報をまとめて評価することができる。その評価とは,筋弛緩しているのが大腿四頭筋で,大腿二頭筋ではないという評価である。また,この評価を加えた感覚は,胴体以上の体が脚部に対して前に傾こうとしている場合にのみ実行者に得られる感覚のため,これを「体重が大腿部前側にかかる感覚」と表現することができる。そして,この評価には基準がある。それは,胴体以上の体重が大腿部の前側にかかっているのか,背側にかかっているのかという基準であり,これは客観的な基準といえる。

このように,「大腿部前側に体重がかかる」という感覚的な情報は,大腿四頭筋と大腿二頭筋のいずれかか両方の筋緊張(筋弛緩)感覚を二次的に評価した情報となり,その評価は大腿部前側という客観的な基準を持つものといえる。

実行者は,自身の体を「大腿部前側に体重がかかる」ように導けば,実際にその状態に導けるだろう。少なくとも大腿部背側に体重がかかる状態にはなりにくいといえるだろう。それは,実行者が自身に出した指示が「客観的な基準で評価された感覚的情報」によるものだからである。このため,実行者は理想状態を再現しやすくなる。このように実行者が出して体を導く指示が,客観的な基準で評価された感覚的情報であれば,実行者はその状態を再現しやすいといえるだろう。

また,「足底全体に体重がかかるようにする」も,足底皮膚の触覚と圧覚を用いて評価した感覚的な情報である。そして,これも「踵側や足指側に偏るのではなく,足底全体で感じる」と評価されており,「全体で」という一つの客観的な基準に基づいて評価されている。このため,実行者は「足底全体に体重がかかるようにする」という指示を出すことで,「足底全体に体重がかかる」状態を再現できるようになる。実行者は,厳密に全く同じ状態を再現できるわけではないかもしれないが,近似した状態を再現できるだろう。

このように,実行者が出す指示が,一次情報である体性感覚情報を客観的な基準を持って評価した感覚的情報によるものであれば,実行者はその指示の状態を再現しやすくなる。そして,こうした感覚的な情報は,頼ることができるものといえる。



一方で,「真っすぐ立っている感覚」という感覚的な情報は,「真っすぐ」となる客観的な基準のない漠然とした評価である場合が多い。実行者は様々な一次情報の体性感覚情報を得ていて,それらを統合処理して「真っすぐである」と評価しているかもしれないが,その評価には「何をもって真っすぐなのか」という根拠がない場合が多いだろう。「今までの自分の立つ感覚」というものも同じである。そもそもの「今までの自分の立つ感覚」で立った状態が真っすぐなのか,有利な状態なのかという基準がないものである。この感覚的な情報で自身を導いている人は,ただ「今までの自分の立つ感覚」を是として,その感覚が得られる状態を実現しようとしているに過ぎない。

ある人がこの漠然とした感覚情報に頼り,その人が実際に「真っすぐ」で有利な立位姿勢を形成している場合もあるだろう。しかし,有利なものではない可能性もある。そして,「真っすぐ」の基準がないことから,その人がこの感覚によって導いた状態が変化する可能性は高く,「感覚が狂う」場合は多いといえるだろう。特に,次のような環境変化や状態変化がある場合には,感覚の狂いは起こりやすいだろう。体重変化,成長や加齢による体型変化,怪我や病気,手術によって生じる体の偏り,働く環境が変わって継続維持する姿勢が変わること,体調変化や過度の疲労状態,心理的プレッシャーの強い状態といった場合などで,その人が導いた状態が変わってしまうかもしれない。それまでは「今までの自分の立つ感覚」「真っすぐの感覚」でうまくいっていたものが,これらの環境や状態変化によって立位姿勢が「しっくりこない」ように感じる人もいるだろう。「しっくりこない」ように感じた人が,良好な状態に姿勢を導こうと考えたとしても,その人が出す指示や得ようとする感覚に客観的な基準がないため,有利な状態は実現しにくくなる。こうした人は,是正しようとした際に迷走を続けてしまうかもしれない。

一般的に,自身の立位姿勢の基準を明確に持っている人は少ないと考えている。多くの人は「既存の自身の立ち方の漠然とした感覚」を正しいと無思慮に考え,何も基準がない中で自身が「真っすぐ立っている」と認識しているだろう。しかし,こうした人でも後傾して重心が踵の方に偏っている人はいる。私が重心乖離容認と呼ぶ傾向を持つ人である。

私のレッスンに初めて訪れるクライアントでは,これは珍しいことではない。レッスンで私がこうした人を重心が支持基底面上の適切位置に位置づけられるように導くと,彼らは「前傾している」感覚を得やすい。これは,彼らが今までの自身の「真っすぐ立っている感覚」を基準にしたためであろう。また,彼らは体の前側に体重が少しかかる感覚を得るために,そのように感じるのかもしれない。しかし,実際に前傾しているわけではない。

この状態の人に足底における荷重感を聞けば,「足底に今までよりも体重を感じる」と答える人が多いが,これは足底中心部の直上に体の重心が位置づけられていて,前傾していない状況証拠の一つである。足底全体に体重を感じることは,その実行者が「真っすぐ」でいる一つの根拠となる感覚情報である。有利意図の人はこれを評価するべきだが,このように評価する人は一般的には少ないだろう。

このように,実行者が「真っすぐ立っている感覚」「今までの自分の立つ感覚」などの客観的な基準のない感覚的な情報に従って立位形成する場合は,実行者が導く立位姿勢が環境や状態によって変化しやすく,実行者が有利な立位姿勢を実現する確率も低くなると考えている。このため,こうした感覚的な情報は頼るべきでないものとなる。

このように私達の感覚的情報の評価が正しくない場合があることを,F.M.アレクサンダーもその著書で述べている[32]。これもあって一般的なアレクサンダー・テクニークの指導者は「感覚的な評価(sensory appreciation)はあてにならない」と理解して,そのように指導しているだろう。

しかし,私はこの言葉は適切な表現ではないと考えている。それは,全ての感覚的な評価の情報があてにならないという誤解につながるからである。F.M.アレクサンダーのいう感覚的な評価とは,私がここであげた二次情報としての「漠然とした感覚的な情報」「客観的な基準のない評価がされた感覚的な情報」のことであり,それを「あてにできない」とすべきである。その前の一次情報である体性感覚の情報はもちろんのこと,それを客観的な基準を持って評価した感覚的な情報はあてにできるのである。そして,有利意図の人は,この客観的な基準のある感覚的な情報をあてにして,適切な姿勢や動きの制御を実現していくべきであると考えている。この体性感覚を評価した情報を使わずには,私達は体のある状態を再現することもできないだろう。これらを使わずに適切な姿勢や動きを制御していくことは極めて難しいと考えている。

知覚や認知の研究者である樋口貴広は,「身体の状態を知るために利用できる情報は,自己受容感覚だけでなく,皮膚表面感覚,視覚,前庭感覚,聴覚など実に多様である。現在では,これらすべての情報が身体図式で表象されると考えられている」としている[33]。有利意図の人は,こうした体性感覚の一次情報を客観的基準に基づいて評価し,その情報を自身に出す指示として用いて有利な姿勢や動作を導くようにする。そうすれば,自身に生じる様々な状態変化や環境変化があったとしても,実行者は有利な姿勢や動作を維持することができるだろう。

これは体の使い方の有効な技術となる。つまり,これは,実行者に環境変化や心理面の変化が生じても,実行者が自身の本来の能力発揮を維持することを可能にする技術である。この技術は,競技選手や演奏家などのパフォーマーらにとって,安定したパフォーマンスの発揮を導く有効な技術となるだろう。こうした人は皆,自身の感覚を頼りにしているところが多い。こうした人は自身の感覚情報の基準を検証し,頼りにできる感覚情報を把握しておくとよい。

脚注

[32] F.M.アレクサンダーは次のように著書『Use of the self』で述べている。“my sensory appreciation (feeling) of the use of my mechanisms was so untrustworthy” (Alexander FM : Use of the self. 1985 ed, Orion books, 2001.)

[33] 樋口貴広・森岡周『身体運動学』,2008年。自己受容感覚は固有感覚に相当する。

第6章その5につづく)
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