4. 体軸の動作(椅子から立つ/座る,歩行,体軸のひねり等)(つづき)
椅子から立つ/座る動作
椅子から立ち上がったり,座ったりする動作は,中腰の体位維持の仕方を動作へ応用したものにあたる。実行者が,自身の前後の重量バランスを考えるべき動作となる。即席保全の人は,椅子から立つ/座る動きにおいて自身の重量バランスを考えないために,重心を適切な位置から後方に乖離させてしまいやすい。その結果として生じてしまう力のモーメントを前側の筋群の筋緊張で支えて動作を達成させることになる。この場合,実行者は呼吸を止めやすく,バルサルバ操作も動員しているかもしれない。
まずは,椅子から立ち上がる動作を考える。即席保全の人は,重心乖離容認でいて,まだ足底に自身の体重が十分に乗っていない段階で,上半身を座面から持ち上げ,支持部位の一つであった殿部を座面から離してしまうだろう。図7−5のAの行い方である。その瞬間から実行者の支持部位は足底だけとなるが,実行者の重心は支持基底面上の適切位置より後方に位置することになるため,実行者には後方に倒れる力が生じる。実行者は,この後方に倒れる力を前側の大腿四頭筋や腹筋群などで支えながら体を持ち上げることになる。筋力を用いれば,この程度の力のモーメントを受け止めることは十分に可能である。また,実行者がバルサルバ操作で体の前側に支えを作れば,より安定させた状態で支えることも可能である。
しかし,実行者がはじめから前後の重量バランスを考慮した上で,足底で体重がつり合う状態で上半身を持ち上げていけば,後方に倒れる力をそれほど生じさせずに済み,筋緊張の強化とバルサルバ操作の動員を抑制できたのである(同図B)。このため,Aの場合の大腿四頭筋や腹筋群の筋緊張は過剰なものといえる。Aの立ち上がり方をする実行者にしてみれば,生じている筋緊張の程度はいつも通りの程度であり,「その行為に必要な筋緊張の程度」としか感じられないだろう。しかし,このように客観的にみればAにおける大腿四頭筋や腹筋群の筋緊張の程度は必要以上のものとなる。そして,実行者は筋の牽引の強さゆえに,起こさずによかった胸郭前傾,頭部前方突出,頸椎伸展といった反応も起こしてしまいやすい。
立っている状態から座っていく動きについて次に考える。即席保全の人は,重心乖離容認でいて,殿部を後方の座面に乗せようと,膝を曲げて殿部を後方に導くだろう。殿部が座面につくまでは支持部位は足底だけであり,この動きは実行者の重心位置を足底の支持基底面上の適切位置から後方に乖離させることになる(同図C)。これも実行者には後方に倒れる力が生じるため,実行者はそれを前側の大腿四頭筋や腹筋群などを筋緊張させて受け止めながら座っていくことになる。この時の筋緊張も,重心が適切位置から後方に乖離したために必要となった分がそれに含まれており,過剰なものとなる。これは,実行者が重心位置を適切に位置づけていれば軽減できたものとなる(同図D)。
では,有利意図の人は,過剰な筋緊張を避けるにあたって何をすればよいか。動作中に支持部位の後方により多く重量配分させていたものを,より前方に重量配分すればよい。これによって重量バランスをつり合わせることができる。これは,実行者が頭を足のつま先よりも前に導くことで実現できる。立つとき,座るときの両方ともに共通していえることである(同図B,D)。実行者は,こうすることで重心を支持基底面上の適切位置に位置づけることができ,過剰な筋緊張を抑制できるようになる。
適切な中腰姿勢を維持する時と同様に,即席保全の人が是正した動作をすると,かなり頭を前方に位置づけている感覚を得て,前に倒れそうに感じるかもしれない。是正を目指す人は,足底全体で圧力を十分に感じることに注意を向け,これによって体の重心位置を支持基底面上の適切位置に位置づけていて,体が前に倒れない状態であることを再認識していくとよい。この際に実行者は床の方を見るように額を適度に下方にむけるとよい。こうすることで,頭を前に位置づけていくことになり,重心を足底上の適切位置に位置づけやすくなることに加え,起こしやすい頸椎伸展を回避できる。
これは,幼児や,筋力の衰えた高齢の人でみられる立ち方,座り方ともなる。彼らが筋力や運動機能の不足分を重量バランス制御で補おうとしているからであろう。彼らはより大きく股関節や脊柱を屈曲しているかもしれない。彼らのように股関節の屈曲度合いを大きくして行ってもよいが,有利意図の人は慣れてくれば屈曲度合いを小さくしていくとよい。あまりにも頭を前にし過ぎる必要はない。
バルサルバ操作を採用して行っていた人は,前後の重量バランスを是正したとしても,その習慣からやはりバルサルバ操作を採用して息を止めて行ってしまうかもしれない。実行者はその方が安定するために採用するのであり,バルサルバ操作を採用した状態に安心感を得ているからかもしれない。しかし,バルサルバ操作は実行者に負担を課すことを説明した。有利意図の人は,体への負担の少ない「立てた骨の支え」を使う感覚を身につけるために,バルサルバ操作を用いずに行うようにする。有利意図の人は,行為の際に気道を開けておくようにしたり,喉の部分に蓋をしないように考えて呼吸を促すとよい。
この椅子から立つ・座るという行為もアレクサンダー・テクニークのレッスンでよく行うワークの一つである。チェアワークと呼ぶものである。多くの指導者は「頭が動きをリードしていくことで椅子から立ったり,座ったりする動作を楽に行える」ことを,手で導きながら指導するだろう。私は,このチェアワークは,自身の前後の重量バランスを動作の中で適切に制御していくためのエクササイズだと考えている。
- 足底と殿部の支持部位に体重を預けて,支持部位が摩擦で止まっていることを考慮し,頭が足のつま先を超えて前にいくまで上半身を前傾させる。下を見るように額を適度に下方に向くようにすれば,体重を足底にかけやすくなり,かつ頸椎伸展を避けられる。
- 上半身を前傾させて足底に十分に体重がかかった状態で,足底で床を押すように踏んで立ち上がり,座面から殿部を持ち上げる。
- 足底全体に体重を預けて,足底が摩擦で止まっていることを考慮し,殿部を後方にし,頭が足のつま先を超えて前にいくように上半身を前傾させる。
- 頭を継続してつま先よりも前に位置づけながら,膝を曲げて上半身を下げていく。下を見るように額を適度に下方に向くようにすれば,足底上に重心を留めやすくなり,かつ頸椎伸展を避けられる。
- 殿部が座面についたら上半身を起こす。
- 立ち上がる際に,気道の喉の部分に蓋をしないようにして,呼吸をしていられるようにする。
- 首の筋群を過剰に筋緊張させないように,頭が胴体から独立していつでも動ける状態で動作を行うようにする。
- 上半身を前傾させる際に,腹部前面と頭の額も含めて前面全体を傾けることを考えて行うと,脊柱の立骨状態を継続させることができ,股関節の動きを促すことができる。
- 立っていく際,座っていく際に,実行者は頸椎伸展を起こしやすい。なぜなら,実行者は過剰共縮制動の腹筋群の牽引によって胸郭前傾を起こし,首の筋群の牽引によって後頭部を前下方に動かしてしまうからである。実行者は立ち上がる際や座っていく際に,床を見るように頭の額を床方向に向けておくとよい。頭を前方突出させるわけではない。これは顎を引く動きであり,頸椎上部を屈曲させる動きである。こうすることで,頸椎の立骨状態を維持でき,筋の牽引に拮抗しやすくなる。首の筋群の筋緊張を抑制できる。
- 立ち上がる際に脚の筋力が必要となるが,この際に腹部前面や額から床を踏む力を伝えると思ってもよい。
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