第10章 体の使い方へ向ける注意(その2)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




2. 体への注意がパフォーマンスに悪影響を与えるとする考えへの反論

私は有利意図の人は自身の体の使い方に注意を向けるとよいと考え,自己ユース注意を持つことを勧めるが,アスリートや演奏家,またはその指導者の中には,自身の体の使い方に注意を向けることはパフォーマンスの劣化につながると反対の考えを持つ人もいるだろう。「自身の体の使い方に注意を向けると,ぎこちなさからうまくいかない」,むしろ「できるだけ無心になって,やった方がよい」という考えである。

Nevada大学の運動学部教授のGabriele Wulfも,自身の体の使い方に注意を向けるよりも,運動の効果や目的に注意を向ける方がよいという考えを提唱している。Wulfは,著書『注意と運動学習』で運動学習への注意の向け方の影響に関する研究結果をまとめているが,その中で独自の運動制約仮説を提唱している[40]。運動制約仮説とは「運動自体に注意を向ける(インターナルフォーカス)と,効果的かつ効率的な運動の“正常”制御過程に意識的に介入することになる。そして,運動を積極的に制御しようと試みることは自動制御過程を妨害する。運動の効果に注意を向ける(エクスターナルフォーカス)と,自動的な運動制御が促進される。エクスターナルフォーカスは無意識的,反射的な過程を最大限に活用し,その運動制御への働きをより高める。その結果として,よりよいパフォーマンスと学習が得られる」というものである。

ここでは,Wulfの仮説と私の考えとの違いを説明したい。

Wulfの定義したインターナルフォーカスと私の自己ユース注意の違いである。インターナルフォーカスは,実行者が行う運動に直接関わる体の部位の動きや筋感覚に注意を向けることと解釈できる。著書の中でTiffany Zachryによるバスケットボールのフリースロー行為における実験(Zachry T et al., 2005)を紹介している。これは,フリースローをインターナルフォーカスとエクスターナルフォーカスで行った時の結果の違いを比較した実験である。この際のインターナルフォーカスとは「手首の運動に注意を向けて行う」というものであり,エクスターナルフォーカスとは「バスケットゴールのリムに注意を向けて行う」というものである。結果は,バスケットゴールのリムに注意を向けて行うエクスターナルフォーカスでフリースローを行った方が,手首の運動に注意を向けるインターナルフォーカスよりも成功率が高かった。他の様々なスポーツや運動でこうした実験を行ったエビデンスをWulfはこの著書で紹介しているが,どの実験においてもインターナルフォーカスは「行う運動に直接関わる体の部位の動きや筋感覚に注意を向ける」というものである。

一方で,自己ユース注意は,実行者が体の制動などの支え方や,目的端を先導することなどに注意を向けることである。運動に直接関わる部位の動きに注意を向けることではない。例えば,実行者がフリースローを自己ユース注意で行う場合は,実行者は「支持部位が止まっていることを考えて,ボールを目的に投じる」という指示を出しながら,体の制動と目的端の先導に注意を向けることになる。手首の運動に注意を向けるわけではない。むしろ,フリースローの実行者が手首の運動に注意を向けることが良好な結果を導きにくいことは,私の考えからもいえることである。このことは,目的端先導の意図の考え方の中で述べたことである。それは,その行為で動く関節や使われる筋に注意を向けるよりも,行為の目的を考えてその先導端を導く方がよいという考えである。

Wulfのいうインターナルフォーカスにおける注意の対象は,「その行為における体の動き」である。一方で,自己ユース注意における注意の対象は,「その行為における体の動き」ではなく,私達がどのような活動をしようとも必ず行っている「体を支える活動」と,「目的端」などである。



また,Wulfの仮説について指摘したい点がある。

Wulfの仮説では「運動の効果に注意を向ける(エクスターナルフォーカス)と,自動的な運動制御が促進される。エクスターナルフォーカスは無意識的,反射的な過程を最大限に活用し,その運動制御への働きをより高める」としているが,このエクスターナルフォーカスだけで実行者が理想的な状態に近づけるのかということに疑問は残る。Wulfは,自動的な運動制御が促進されることがよりよい状態となるとし,エクスターナルフォーカスは自動的な運動制御を促進させると考えていることから,エクスターナルフォーカスを推奨している。しかし,その自動的な運動制御が促進されることがよりよい状態を本当に導くのかという疑問である。

私は,この自動的な運動制御に問題が起こりうると考えている。即席保全の自動プログラムのことである。このため,エクスターナルフォーカスでよりよい状態を導けない人もいるだろうと考えている。確かに,エクスターナルフォーカスでよりよい結果を導ける人もいるだろう。こうした人は,それまでに意図的か無自覚的かを問わず筋や関節に注意を向けてしまっていた人に多いのではないかと考えている。こうした人は,エクスターナルフォーカスによって,その注意の向け方が変わり,よりよい動作を導ける可能性は高いだろう。しかし,体位維持の仕方が即席保全のような対処パターンに陥っている人は,エクスターナルフォーカスにしてもその即席保全の反応が是正されないため,パフォーマンス上の問題は残るのではないかと考えている。

即席保全の人がエクスターナルフォーカスにしていくことで,そのパフォーマンスを改善できる可能性はあるだろうが,それよりはこの人がその自動性が問題となる体位維持の仕方を有利なものにする自己ユース注意を持ちながら行為を行っていった方が,パフォーマンスを改善できる可能性は高くなるだろうと私は考える。実行者が制御できるものを放置せずに,有利な形で制御することになるからである。

もう一つの疑問点を述べる。Wulfのいうインターナルフォーカスは,実行者が行う動作に直接関わる体の部位の動きや筋感覚に注意を向けるものであるが,これは体への注意の向け方の一つであり,全てではない。この一つをとって,体へ注意を向けない方がよいとはいえない,ということである。

私は,実行者が何に注意を向けるかがそのパフォーマンスの良し悪しを左右すると考えている。そして注意を向ける対象は,外界や体内のことであっても,行為の成否や効率に関係するものへ注意を向けるべきであると考えている。つまり,部位や体内や外界といったエリアで区分されるのではなく,合目的的な区分であるべきとする考えである。体位維持の仕方は行為の成否や効率に関与するため,それを制御するために注意を向ける対象が体内であっても,実行者はそれに注意を向けるべきであると考える。

こうした点から,運動生理学の一つの研究からみて,私の考えが否定されるものではないと考えている。Wulfの「運動の効果に注意を向けることがよりよいパフォーマンスを導く」とする考えは,むしろ目的端先導の意図とも整合がとれるものである。私は,私達が外界の状況変化や行為目的への注意に加えて,姿勢や制動の仕方という体の使い方への注意を持ち,それらを統合させていくことができると考えている。そして,実行者はこの統合した注意を持つことで,よりよい姿勢や動作,発声といったパフォーマンスを実現しやすくなると考えている。

脚注

[40] Gabriele Wulf(福永哲夫監訳) 『注意と運動学習』 市村出版,2010年。

第10章その3につづく)
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