第11章 アレクサンダー・テクニークが有効である理由とその補足すべき点(その4)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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目次

3. 既存のアレクサンダー・テクニークと私の方法の違い

即席保全・有利意図という区分

創始者のF.M.アレクサンダーは,首の筋緊張を過剰にして動いてしまう反応パターンを,その人が目的達成のことだけを考えているために陥ってしまう反応と考え,この反応を「エンド・ゲイニング(End-gaining,目的達成しようとする,目的に走る)」と呼んだ。そして,こうした反応をする人を「エンド・ゲイナー(End-gainer)」と呼んだ。一方で,実行者が「頭を前に上に」や「ネックフリー」などを考慮して動くことは,目的達成に至るための手段やプロセスまでも考えた対処の仕方であることから,こうした対処のことを「ミーンズ・ウェアバイ(Means-whereby,そこに至る手段)」と呼び,これを推奨した。これらの表現は,不利な反応と有利な対処を区分する表現として,AT指導では頻繁に用いられる。

これらの区分については,補足説明がいるだろう。「エンド・ゲイニングがよくないこと」となるが,実行者が目的達成しようとする考えを持つことがよくないことではない。実行者が目的達成のことだけを考えて,プロセスを考えないことがよくないことである。人によっては「目的達成しようとする考えがよくないこと」のように誤解してしまう場合もあるだろう。目的達成しようとする考えは,むしろあるべきものであり,この誤解は特に避けたいものである。「エンド・ゲイニング・ウィズアウト・ミーンズ(End-gaining without means)」「エンド・ゲイニング・オンリー(End-gaining only)」であれば,より適切な表現となるかもしれない。

この区分もよいが,私は不利な反応と有利な対処を区分する表現として「即席保全」と「有利意図」という表現を用いている。これらは実行者の体の使い方の違いを表す表現であり,特に体位維持の仕方の違いを表す表現である。ある動作や姿勢維持において実行者の体位維持の仕方が「即席保全」なのか,それとも「有利意図」なのかを示している。

この区分の表現でF.M.の「エンド・ゲイニング」「ミーンズ・ウェアバイ」を言い換えることができる。ある人がF.M.のいうエンド・ゲイニングで目的達成だけのことを考えて動作をしていれば,その人は体位維持活動に注意を向けなくなり,「即席保全」の反応に陥りやすい。F.M.が推奨したいミーンズ・ウェアバイの対処とは,その人が目的達成を考えつつも同時に体位維持活動にも注意を向けて,有利な体位維持の仕方を意図する対処であり,これが「有利意図」の対処となる。

私は,「即席保全」「有利意図」という区分が,F.M.の指摘した両者の特徴の本質的な違いを表しているように考えている。全ての人は目的達成(エンド・ゲイニング)を前提に動作したり活動しているものの,それを実現する手段(ミーンズ・ウェアバイ)となる体の使い方が人によって異なり,不利な即席保全に陥る人と,有利な体位維持の仕方を意図する人に別れる。これが両者の本質的な違いではないかと私は考えている。

クライアントには,次のように伝えている。「私達は,多くの動作を自身の体位維持のことを考えなくともあるレベルで達成していくことができる。しかし,その場合は『即席保全』の対処となり,私達の体位維持の仕方は即席性が重視された体位維持の仕方となっていて,有利なものにはなっていない可能性が高い。結果的に,私達は体の負担を大きくし,本来の自身の能力を十分に発揮できていない可能性がある。私達がより負担を少なくし,本来の自身の能力を十分に発揮していくためには,『有利意図』を意図し,自身の体の使い方に気づき,有利な体の使い方を実現していくべきである。」



理想状態を特定し,そこに向かっていく方法

既存のATを学んだ人は,ネックフリーやインヒビションの指示と共に多くの注意を首の筋緊張の抑制に向けているだろう。そのために頭部制御を行い,全体性を思い出したりしながら,動き,姿勢を維持し,様々な活動を行っているだろう。これによって,確かに余計な反応を抑制でき,効率的な動きを導きやすくなるだろう。

私も以前は,首の筋緊張を生じさせないことに重点をおいて自身の面倒をみていた。「首を筋緊張させないように歩こう」「首を筋緊張させないように発声しよう」と考えていた。このやり方で,よりよい動きや状態を導きやすくなる一方で,動作に慎重さを要するように感じたり,「首の筋緊張が過剰に入っているのではないか」という不安も感じていた。ある程度の力の発揮が求められる動きを実行者がする場合は,一定の強さの首の筋緊張は必ず生じることになる。その首の筋緊張の程度が過剰なのかどうかは,繊細な筋感覚の区別となり,実行者にとってはわかりにくいだろう。このため,実行者が首に過剰な筋緊張を生じさせないように動作していく場合は,慎重になり,それができているか不安を感じてもおかしくない。

こうしたこともあって,私はこの抑制に重点を置いた指示による動きでは「思い切って」動けないように感じていた。スポーツやパフォーマンス活動では,相当の力を要する活動も多く,思い切った動きは必要だろう。こうした活動をしている人からすれば,既存のATの方法は,その抑制の指示によって慎重さが必要となってしまい,「思い切りの良い」動きが出来ないように感じてしまうこともあったのではないかと思う。

私は,現在はこの論考で述べた指示を基にして,自身の体の使い方の面倒を見ている。「こうしてはいけない」という抑制よりも,「このようにして動こう」という積極的な意図で動作や姿勢維持を行っている。これによって,それまでに感じていた慎重さや不安が減り,思い切りの良い動きを行えるようになった。動きの選択肢も広がり,より伸び伸びと動作を行えるようになった。高い確率でよい状態を再現できることから,動き方の信頼が増し,自身の体と共にいる安心感がより大きなものとなった。私の体の使い方にとても良好な変化をもたらしたと考えている。そして,クライアントとのレッスンにおいても,高い確率でよい状態の体験をクライアントに伝えることができるようになった。また,クライアントの成果につなげられていると感じているが,それはクライアントが自分だけで再現しやすいためだろうと考えている。

既存のATの方法と私の方法の違いを,次のような違いと喩えることができる。一人の人が遠くの目的地に歩いて行こうとしている。既存のATの方法とは,その人が目的地を視認せずに,目的地がどの方角にあるかを知っていて,そこまでひたすら手にしたコンパスを見ながら進むようなものである。結果的に,その目的地にはたどり着けるだろう。しかし,たどり着くまで「本当にたどり着くかどうか」という不安が伴うだろう。あたかも夜で目的地が視認できない状態で,コンパスだけを頼りに目的地にたどり着こうとするようなものとなるからである。

私の方法は,実行者が最初の段階でコンパスを用いて目的地を視認し,目標物を決め,前を向きながらそこに向かって歩いていくようなものである。コンパスも時折は見て,自身が向かっている方向が正しいことを確認する。しかし,大方は目標の方向をめがけて進む。この方法の方が,思い切りよく,不安なく目標にたどり着けるだろう。

私の方法は,実行者が何をすれば首の筋緊張を過剰に生じさせないかという方法を知っていて,その方法を意図して実行していくものである。コンパスとなる首の筋緊張状態の確認に重点を置くものではない。どこに向かっていけばよいかを特定し,そこに向かっていくものである。F.M.アレクサンダーの言葉でいえば,私はネックフリーのミーンズ・ウェアバイを考慮したようなものである。これは実行者の不安を減らし,思い切りの良さを生むという違いをもたらすと私は感じており,これを多くの既存のATを学んだ人にも伝えられると考えている。

(第11章おわり。「終わりに」につづく)
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有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声

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