第5章 有利な体の使い方の方針と実現するための留意点(その3)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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目次

2. 方針の実現にあたって特に留意すべきこと(つづき)

③骨盤を立てる

頭部制御は,実行者が頭を足底直上の最高位置に位置づけることで行われる。足底は床面で止まっており,それを一つの基準とした上で頭の位置が特定されることになる。実行者は,これによって体の下端と上端を制御することになる。実行者は,これだけでも一定の立位を形成できるが,骨盤や脊柱の立骨状態を確定できるわけではない。実行者が立骨重心制御を実現し,「体を支える骨の全てを立骨状態とする」ためには,体の下端と上端の制御に加えて,中間に位置する骨盤の制御を行う必要がある。

この骨盤の制御が,「骨盤を立てる」制御である。実行者は,骨盤を立てることで,起こしやすい骨盤スライド後傾を抑制することができる。実行者は,動作時に過剰共縮制動の腹筋群の牽引などによって骨盤スライド後傾を起こしやすいが,骨盤を立てる制御によってこれを抑制できる。また,実行者が骨盤を立てる制御意図を持つことで,本来働くべき腸腰筋や大腿四頭筋,大腿二頭筋などの適度の働きを促すことができる。

実行者が骨盤を立てることで,はじめて脊柱の立骨状態を実現できると考えている。脊柱と骨盤には,重量バランスの制約から相互補完関係があると考えられることは第1章で述べた。実行者が,重量バランスも含めた最適な平衡状態を実現するにあたって,この骨盤の状態を適切なものにしなければ,その上の脊柱についても適切な状態を導けないと考えている。

骨盤スライド後傾の状態では,上に位置する脊柱からの荷重と下の大腿骨からの反力によって骨盤に偶力が生じる状態となり,実行者の筋や靭帯といった張力負担は大きくなる。また,骨盤スライド後傾では,脊柱の適切な立骨状態が崩れて,頭部前方突出と頸椎伸展が起こりやすく,実行者の首の筋群の負担も大きくなりやすい。

股関節は球関節であり,可動域の広さと動きやすさという稼働性が特徴である。この特徴を逆にみれば,股関節で骨盤は動いてしまいやすく,すぐに骨盤スライド後傾となりやすいともいえる。

実行者が骨盤を立てる意図を持って実行することで,実行者は脚の関節の適切な動きを促すことができる。実行者は動作時に重心変位することになるが,有利意図の人は,脚を使って重心を適切位置に位置づけるようにし,骨盤の立骨状態を維持するとよいと述べた。脚の関節である股関節と足関節の動きは,実行者が骨盤を立てようとすることで促されることになる。骨盤は,適切な脚の関節と筋の働きを促す目的端先導の先導端部位となるからである。

こうしたことから,骨盤を立てることは,実行者が有利な状態を導くにあたって重要な制御となる考えている。有利意図の人は,骨盤の状態に注意を向け,骨盤を立てる制御を積極的に行うようにする。

④腹筋群と首の筋群をできるだけ筋緊張させないようにする

実行者が有利な姿勢や動作を実現している際は,腹筋群や首の筋群の筋緊張が必要最小限に抑えられていると考えている。有利意図の人は,この理想的な状態を前述した方針で実現していくことになるが,その目標の一つとして「腹筋群や首の筋群をできるだけ筋緊張させないようにする」ことも考慮すべきである。

実行者は,腹筋群や首の筋群の過剰な筋緊張を抑制できていることを確認できるとよいだろう。筋緊張が過剰ではない目安を持っておくとよい。それがないと,実行者は自身の筋緊張を評価できず,過剰にしているのかどうかわからないだろう。これらの確認の仕方については,第6章で詳しく説明する。

⑤呼吸の状態を知り,息をつめず,息を吐く

即席保全のパターンを定着させている人は,様々な状態や動作において,息をつめやすく,浅い呼吸の状態でいやすい。なぜなら,即席保全の人は過剰共縮制動で腹筋群の筋緊張を過剰にしていることに加えて,声帯を閉鎖するバルサルバ操作を無自覚で行いやすいからである。

私達は過剰共縮制動とバルサルバ操作を採用しなくとも多くの行為を達成できる中で,用いれば体に負担を強いることから,有利意図の人は過剰共縮制動とバルサルバ操作を採用しない方がよいと考えている。有利意図の人は,これらを採用しないことで,筋緊張を過剰にしていない立骨重心制御の支え方の感覚を得られ,その感覚に信頼を持てるようになる。「骨に乗る感覚」ともいえる感覚を得ていくことができる。

これらを採用しないように是正するには,自身の呼吸への気づきや意図が必要だろう。是正を目指す人は,自身の呼吸や喉の筋緊張に気づき,声帯のある喉に蓋をせず,気道を開ける意図を持つとよい。また,呼吸の状態に気づいたときに息を吐くようにするとよい。なぜなら,過剰共縮制動やバルサルバ操作による腹筋群の筋緊張は「呼吸の壁」となり,それによって実行者は呼息を制限することになるからである。是正を目指す人は,時々ため息のように十分に息を吐き,腹部前面がそれに合わせて自由に動くことを確認するとよい。

また,強く口をつぐむように口周りの筋群の筋緊張を強くすることや,歯の噛み締めも,実行者が腹筋群の筋緊張とセットで起こしやすい反応であり,過剰共縮制動やバルサルバ操作と同時に行いやすい反応である。こうした反応をする人は,それらに気づいてやめることも役立つだろう。



⑥動く速度を過度に上げない

ある人の動作の速度が一定の速度内であれば,その人は過剰共縮制動で筋緊張を強くしなくとも体を制動でき,同じ行為を達成できるようになる。ゆっくり動作することでかかる時間は増えるものの,その人は筋緊張を緩和させて同じ目的を達成できる。このように,過剰な筋緊張を回避できる動きのスピードやペースがある。有利意図の人は,このスピードやペース内での動作が可能であれば,できるだけそれを実現する方がよい。このスピードやペースのことを,個々の人の「体のペース」と私は呼んでいる。「マイペース」という言葉があるが,これは「体のマイペース」といえよう。

筋力を用いれば,私達はそれなりに速い速度による動きを実現できてしまう。現代社会において速さは一つの価値となるが,「できるから」といって自身の体のペースを超えるものを採用している人の場合は,その人は体の負担を大きくすることになる。負担の程度が大きければ,体の問題として表れることになるだろう。このことは,社会的要請を優先して,自身を犠牲にしていることともいえる。実行者本人はそのようには思っていないだろう。動作の速さが自身の体の負担になるという認識を持っていないからである。ただ,やるべきことを精一杯やっているだけと思っているだろう。

日常生活の動作ペースを速くしてしまいやすい人は,自身の「体のペース」を知り,そのペースを意識的に採用するとよい。これにあたっては,急いでしまいやすい行為を,一端かなりゆっくり行うことがいいだろう。そのときのペースは,私のいう自身の体のペースよりもゆっくりかもしれない。しかし,そのくらい十分にゆっくり行ってみるとよい。そして,腹筋群と首の筋群の筋緊張を過剰にしていないことに慣れていくようにする。その上で,徐々にペースを上げて,筋緊張が過剰にならない限界を把握していくとよい。私達がある行為をはじめて行うときは,ゆっくり行っているだろう。是正を目指す人は,変化を与える際もはじめはゆっくり行うようにして,自身の体にあった適度なペースを把握していくようにするとよい。

⑦変化の違和感を受け入れる

即席保全の人が,有利な体の使い方へ是正する際には,違和感を得ることになるだろう。それまでの姿勢維持や動作の感覚に慣れがある中で,安心の基であった筋緊張の程度を抑制することになるからである。

是正を目指す人は,変化を与えていくときに,この違和感を受け入れていくことを考えるとよい。そして,違和感を得ながらも,行為や動作で良好な結果を実現できたか否かを評価するのである。もし,実行者が「より楽にできた」「筋緊張が減った感じがある」「力が楽に発揮できた」「よりよい声が出せた」といった良好な結果を実現できていれば,実行者は違和感を受け入れながらその経験を蓄積していくようにする。実行者はこのようにしていくうちに,新しい感覚に慣れてそれを信頼できるようになり,違和感をなくしていけるだろう。ただし,実行者が新しい方法で違和感を得ている上で,筋緊張の程度が変わらない,こりや痛みが増す,パフォーマンスの改善につながらないなど,良好な結果を得られない場合は,実行者は自身の体の使い方に疑いを持つべきだろう。やり方がうまくいっていないか,私の提案する方法がその人の状態においてふさわしくないなどの要因がそこにはあるだろう。

人前においては,是正を目指す人が得る違和感は強くなりやすい。人前では,是正する人が体の使い方に変化を与えていくことにより難しさがあると考えている。ある人が人前で姿勢や動作の仕方に変化を与えたり,話すペースを変えたりする場合は,相手がいることの刺激の強さもあるが,その人の持つ「自分はこういう人である」「自分はこういう人と見られている」というアイデンティティを変えようとするものでもあり,その人は強い違和感を得やすい。

例えば,ある人が「速く話す自分」を,「相手やグループとの関係性の中における自分である」と認識していたとする。この人には「速く話す自分」で他者と関係性を構築して社会適応してきた経験と実績がある。このため,この人にとって自身の話すペースに変化を与えることは,「速く話す自分」というアイデンティティを変えることになる。この人は「変化後の自分」で社会適応できるのかという不安を感じやすいといえるだろう。

是正を目指す人は,こうした不安を含む強い違和感を得やすい。しかし,結果が良くなるかどうか,社会適応できるかどうかは,是正する人が実際に変化を与えてみなければわからない。是正を目指す人は,「試行」と考えて変化を与えていくことを勧める。変化を与えてみなければわからない中で,いつでも元の体の使い方に戻すことはできるのである。人前で変化を与えることに難しさを感じていた人にとっては,この試行,つまりチャレンジで良好な結果を得ることが,人前という刺激がある中において「居心地のよい自分」でいられた第一歩となるだろう。「試してみてその効果を知る」ということが,体の使い方の是正においては必要なこととなると考えている。

第5章その4につづく)
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