第6章 有利な体位維持の仕方の実現方法(その1)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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本章以降,第8章までで,有利意図の人が理想的な姿勢や動作を実現するにあたって,自身に出す具体的な指示の仕方を述べる。前章までで有利な体の使い方の方針とその根拠を示した。根拠も方針も私の仮説だが,私は日々の指導でこの仮説検証を行ってきた。検証方法は,クライアントを理想的と考えられる状態に誘導し,クライアントに良好な反応が表れるかどうかを確認する仕方である。誘導の仕方は,クライアントに言語化した指示を与えながら,私が手で触れてクライアントを直接的に誘導する仕方である。無作為比較検証のような客観的な検証方法ではない。しかし,一定の良好な反応があることを確認している。

ここで提案するものは,その検証過程で洗練させてきた具体的な指示の仕方である。ここでは,この指示の仕方が妥当なものと考える理由も述べる。

私はアレクサンダー・テクニークの指導者であり,私の提案する指示は,アレクサンダー・テクニーク指導における指示を基にしている。しかし,私の提案する体の使い方の方法は,一般的なアレクサンダー・テクニークの指導とは一致しない点も含むものであり,両者には違いがあることを述べておく。ここで提案するものは,私が考える有利な体の使い方のための指示であり,アレクサンダー・テクニークの指導における指示ではない。

実行者がこの言葉による指示に従うだけで,理想的な状態に導けるという保証はない。前述したように,レッスンでは言葉による指示をクライアントに伝えることに加え,指導者である私が手でクライアントを直接導くことも行っているからである。しかし,言葉による指示の有無とその指示内容の妥当性は,クライアントが自分だけで理想的な状態に導く確率を左右すると考えている。具体的な指示があり,その指示が妥当であるほど,クライアント自身が理想状態を再現しやすくなり,短期間で有利な体の使い方を身につけやすいと考えている。即席保全は脳の自動プログラムとなりやすく,この是正には実行者の認知過程の活性化が有効であると考えている。実行者が有利な体の使い方の方針をその根拠と共に理解し,具体的な指示を自身に出していくことが,実行者の認知過程の活性化につながると考えている。

一方で,言葉による指示に従うだけで理想的な状態やパフォーマンスを実現できる人もいるだろう。また,人によっては,言葉による指示を知ることによって,それまで感覚的に行っていたものをより具体的に解釈できるようになり,良好なパフォーマンスを安定して発揮していけるようになるかもしれない。

このようなことから,言葉による適切な指示を知り,それを自身に出すことは有利意図の人が理想的な状態に導くための重要な要素となると考えている。本章では,姿勢形成の基本となる立骨重心制御を実現するための指示の仕方について述べる。第7章で動作時における指示の仕方を,第8章で呼吸と発声における指示の仕方を述べる。



目次

1. 立位時における立骨重心制御の指示の仕方

実行者が立骨重心制御を実現していくということは,不利な骨傾斜容認と重心乖離容認で起こりやすかったことを抑制するということであり,それを是正することともいえる。こうした容認で起こりやすかったことは,骨盤スライド後傾と脊柱屈曲,頭部前方突出と頸椎伸展,そして重心の支持基底面上の適切位置から後方への乖離である。立骨重心制御を実現する人は,これらを容認せずに適切な関係を実現するのである。

立骨重心制御を実行者が実現するにあたっては,次のような指示の仕方が適切なものとなる。ここでは立位で説明する。図6−1に図示している。

指示の仕方:直立立位時の立骨重心制御

  • 頭を上方に持ち上げ,足底上の最高位置に位置づける。顔が正面に向くように,頭の額を適度に前方に向ける。
  • 足底全体に体重がかかるように体を導く。その上で,足底に全ての体重を預ける意識を持つ。
  • 骨盤を立てるために,脛と大腿部前側に体重が少しかかるように,殿部を後方に位置づける。
  • 全体として「体の前側に支えがある」と考え,脛,大腿部前側,腹部,首の前側に体重が少しかかる感覚を得るように導く。
  • 体重を支持部位である足底に落とし,呼吸したときに,腹部前面(へそより上)が膨らんだりへこんだりできるかを確認する。
  • 頭が胴体から独立していつでも動ける状態であることを確認する。

図6−1 立位における立骨重心制御

図6−1 立位における立骨重心制御

理想的な立骨重心制御状態は,重心が適切に位置づけられていて,かつ体を支える骨の全てが立骨状態となる状態である。実行者が,これを実現するためには「重心を適切に位置づけながら,体を支える骨を立たせる」ように,両方を同時に制御していく必要がある。このように,ここで挙げた複数の体への指示も互いに影響し合っているため,それらが同時に実現されるような平衡状態を実行者は目指すようにする。以下に,これらの指示についての個別の説明を示す。

頭を持ち上げて最高位置に位置づける,額を適度に前方に向ける

実行者が「頭を上方に持ち上げ,足底上の最高位置に位置づける。額を適度に前方に向ける」という体への指示を出しながら,それに従って頭を導くことで,頭蓋骨や脊柱,骨盤などの体を支える骨全体を立たせる方向に導き,また重心位置を自身の支持基底面上の適切位置に位置づけやすくなる。これは目的端先導の意図を姿勢形成に応用した指示であり,頭を先導端として上方に導き,額を先導端として頭蓋骨の向きを調節する指示である。

重心を適切に位置づけていく中で,実行者がこの指示によって頭を導くことで,本来働くべき脊柱起立筋などの背筋群や頭長筋の適度の働きを促すことができ,脊柱を立骨状態に導きやすくなると考えている。

「頭を上方に持ち上げ,足底上の最高位置に位置づける」ことは,文字通りの処置である。私達は,骨を積み上げた形で自身の体を起こしている。骨を積み上げて立位や座位を形成する。ある骨が立骨状態であれば,その上に積まれた骨はより高い位置に位置づけられる。逆に,ある骨が骨傾斜の状態であれば,傾斜角が生じることによって垂直到達距離が短くなり,上の骨はより低い位置に位置づけられることになる。このため,体を支える骨の全てが立骨状態となれば,最上段の頭蓋骨が最も高い位置に位置づけられることになる。実行者は,この指示によって立骨状態の結果の状態に先導端となる頭を導くのである。

私達が立つということは,重力下において体を持ち上げるということである。その時に私達が何を持ち上げる意図を持つべきかと考えれば,その答えは体の最上部にある頭を持ち上げることとなるだろう。仮に,実行者が胴体部を持ち上げる意図を持ったとすれば,頸椎は起こされず,頭は前方に突出する形になるだろう。しかし,実行者が頭を持ち上げるようにすれば,頸椎も起こされることになり,必然的に胴体も持ち上げられることになる。ヒトのように骨が連なる構造のものを起こすときには,最上部の頭を持ち上げることが体を起こすことを導く最適な方法となる。

「頭を上方に持ち上げる」という指示は,このように初歩的で当たり前の指示ともいえるものだろう。1歳から3歳くらいの幼児はおそらくこれを無自覚で行っていると考えている。しかし,初歩的な指示であるがゆえに私達は忘れてしまいやすい。これを実行者が改めて意識して実行することで,有利な状態に導けると考えている。

頭が足底上の最高位置に位置づけられる状態というのは,脊柱の過伸展された状態の手前にあって,背筋群が脊柱靭帯の抵抗も過伸展位ほど受けず,背筋群の筋緊張の程度が過剰なものにはならない状態である。実行者が頭を持ち上げて脊柱を立骨状態にすることで,実行者の姿勢は結果的に「背すじが伸びている」状態になる。実行者はこの位置に目的端先導の意図で頭を導くことで,背筋群の過剰な筋緊張を必要としない立位状態にできる。背筋群には一定の筋緊張が生じているものの,実行者は「背筋群を使っている」「背筋群を筋緊張させている」ような強い筋緊張の感覚を感じないだろう。

実行者は「足底上に」という基準を持っていた方がよい。「単に頭を上方に持ち上げる」とすると,その人にとっての「上方」が正しい垂直方向ではなく,やや後方を向いてしまっている場合があり,それによって脊柱伸展させて頭を適切位置よりも後方に位置づけてしまうかもしれない。

「顔が正面に向くように,額を適度に前方に向ける」指示によって実行者が導く状態は,過度に顎を引いている状態でもなく,過度に顎を上げている状態でもない,その中間にある適度な頭の向きの状態である。この処置は,頭蓋骨を頸椎に対して後方に回転させないようにするものであり,起こりやすい頸椎伸展を抑制するものとなる。この処置によって,頭長筋や頸長筋の働きが促される。

この指示の代案として「顎を引くようにする」も挙げられる。しかし,これよりも額を導く指示の方が適切なものとなると考えている。その理由は,この場合の頭とは頭蓋骨で構成される部位であり,額が頭蓋骨の動きを導く先導端部位となるからである。顎は下顎骨の一部であり,頭蓋骨ではない。下顎骨は多くの場合は頭蓋骨と共に動くものの,下顎骨は頭蓋骨から独立して動けるものでもある。頭蓋骨から独立して動けるものを頭蓋骨の先導端とするよりも,頭蓋骨の一部を直接導いた方がより確実に意図を実現しやすいといえる。

姿勢の修正は「動作」ともいえる。このため,姿勢の修正に目的端先導の意図を応用した。そして,修正した後の姿勢維持も一つの「動作」,または「行為」として捉えることができ,それにも目的端先導の意図を応用できる。実行者が適切な頭部制御を継続させることが,姿勢維持に役立つものとなる。姿勢維持の指示の仕方については,以下に述べるように少し工夫を加えられる。

「頭を最高位置に位置づけ,額を適度に前方に向ける」意図による動きは,脊柱をはじめ体を支える骨の全てを立たせるものである。これが実現された結果,足底から頭部まで連続した全ての体を支える骨は,一つの強固な支柱となる。骨を立たせることで骨が反力を返せるようになり,この結果,骨は上からの荷重に対して強固な支えとなる。実行者が頭を最高位置に位置づけて額を適度に前方に向けている状態は,実行者が頭をその強固な支えに乗せている状態となる。実行者はそのように考えた方がよい。つまり,実行者は有利な姿勢を維持するために,「頭を最高位置に位置づけ続ける」と考えると同時に「頭を持ち上げた後に,頭を立てた骨の支えに乗せる」という意図を持つとよい。このように姿勢維持の意図に工夫を加えるのである。

なお,実行者は「その支えは首の前側にある」と意図するとよい。首の前側の支えに乗せることを実行者が意図することで,実行者はその状態を維持することの負担を減らすことができるように考えている。この「前側の支え」が役立つことについては後述する。

(第6章その1終わり。第6章その2につづく)
目次ページへ)

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