第6章 有利な体位維持の仕方の実現方法(その2)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声
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目次

1. 立位時における立骨重心制御の指示の仕方(つづき)

足底全体に体重がかかるように体を導く。足底に全ての体重を預ける

実行者は「足底全体に体重がかかるようにする」ことを意図することで,支持部位の接面部で床面に最大面積荷重をかけている状態を導きやすくなる。

立骨重心制御状態では,重心は脛と足の甲の交差する辺りに投射されている。この場合には,実行者の脛と足の甲の交差する辺りに荷重の圧力中心があるが,その荷重は足底の踵や足指の前後の接地部に分散されることになる。このため,実行者は足底全体で圧力を受ける感覚を得ることになる。実行者が足底で感じる圧力は,前後では踵側の方が大きい。足指側はそれよりは小さくなるものの,そこにも一定の圧力を実行者は感じることになる。また,実行者は左右両足の足底にできるだけ均等に圧力を感じるようにするとよい。足底の部位によって実行者が感じる圧力の違いは多少あるものの,実行者は踵から足指裏までの足底全体でべったり地面に着く感覚を得るようにする。この足底の荷重の感覚は,有利意図の人が注意を向けるべきものの一つとなる。実行者がこの感覚を鋭敏なものにすることで,実行者は重心を適切位置に位置づけやすくなるからである。

実行者は「足底に全ての体重を預ける」ことを意図することで,自身の重量による荷重で足部と全ての体を支える骨を安定させやすくなり,筋緊張に依存せずに体位を維持することができるようになる。これは重鎮基底制動を静止時に応用したものである。即席保全の人は,静止時にも過剰共縮制動を行ってしまい,腹筋群や首の筋群の過剰な筋緊張を継続させてしまう場合がある。この是正を目指す人は,重鎮基底制動を促すこの指示によって過剰な筋緊張を抜きやすくなる。なお,「体重を足底に落とす」と意図してもよい。

脛と大腿部前側に体重が少しかかるように殿部を後方に位置づける

立位の状態において骨盤を立たせるためには,実行者は頭を足底上の最高位置に位置づけて,重心を適切に位置づけながら,「脛と大腿部前側に体重が少しかかるように,殿部を後方に位置づける」ことで実現できる(図6−2)。この場合,実行者は重心制御しながら殿部を後方に位置づけるため,相対的に胴体を前方に位置づけることになるだろう。

図6−2 骨盤の立骨状態

図6−2 骨盤の立骨状態

ある人が骨盤スライド後傾していた場合は,その人の上半身が後方に傾くことになり,上半身の体重は脚の背側となるふくらはぎや大腿部背側にかかる形になる。「脛と大腿部前側に体重が少しかかるように,殿部を後方に位置づける」という指示によって導かれる状態はその逆であり,実行者はこの指示の状態を実現することで骨盤スライド後傾を抑制できる。

骨盤と脊柱は相互補完関係のある結びつきの深い機能体であることから,有利意図の人は,前述した頭部制御と骨盤制御をセットにして行うべきである。

ある人が脊柱屈曲と頭部前方突出の状態でいて,そこから頭を上に持ち上げて脊柱を伸展させていく場合には,その人の骨盤には前方に押し出される反動の力が働くことになる。その人が骨傾斜容認であれば,この反動の力を受けて脊柱の土台となる骨盤を前方に動かしてしまうだろう。つまり,その人は背すじを伸ばそうとして頭や胸を起こした結果,骨盤を前方にスライドさせてしまうことになる。この場合,結果的にその人は頭や胸を起こせるものの,その人の状態に骨盤スライド後傾が加わっただけで,元々の脊柱屈曲は是正されていない。その状態は骨盤と脊柱の両方が立骨状態になっておらず,有利な状態ではない。

適切な制御方法は,実行者が殿部を後方に適切に位置づけながら,頭を持ち上げることである。こうすることで脊柱は必要程度に伸展して立骨状態に導かれて,骨盤もスライドされずに立骨状態に留められる。

頭と骨盤は脊柱を介して連動して動きやすいものである。有利意図の人は,体を支える骨全体を立骨状態にするために骨盤と脊柱の連動性も考え,頭と骨盤の両方を制御する意図を持つようにする。



体の前側に体重がかかるようにする。体の前側に支えがある

有利意図の人は,「脛,大腿部前側,腹部,首の前側に体重が少しかかる感覚を得るようにする」という指示のように「体の前側に体重がかかるようにする」または「体の前側に支えがある」と意図してその状態に導くことで,有利な支え方の状態を実現できると考えている。前側に支えがあることを意図する理由を述べる。

骨盤と脊柱は胴体では背側に位置するものであり,実行者はこれらに体重の荷重をかけるように導くのであれば,実行者はむしろ脊柱のある背側に支えがあるように意図した方がいいのではないかという考えもあるだろう。骨だけで体が支えられるのであればそれでよいかもしれないが,立骨状態では,体は骨の支えに加えて脊柱起立筋などの背筋群の筋緊張による張力も用いられて支えられている。このため,背側の支えの意図は適切なものにならないと考えている。

適切な立位状態では,胴体より上の部位が前に倒れようとしている中で,それが倒れないように背筋群が支えていて,理想的な立位アライメントが維持されている状態である。中村隆一他らの『基礎運動学』では「脊柱とこれを支えている筋活動を,帆柱と張り綱との関係に置き換えてみると,人間の立位姿勢は両張り綱で支えられているのではなく,1方向からの片張り綱で支えられている状態に類似している。安静立位時に,脊柱を後方から支えている筋群は脊柱起立筋群である」としている[31]。この状態が,立骨状態の立位の状態であると考えている。

この適切な状態の実現のために必要なことは,背筋群の適度な筋緊張である。背筋群の働きが弱ければ,脊柱は屈曲しているだろう。また,背筋群の働きが強過ぎれば,脊柱過伸展位となってしまうだろう。両方ともに脊柱を立てた状態にはならない。この間に,背筋群が適度に働いている状態がある。

背筋群が適度に働いている状態は,実行者が「上半身の前に傾く力のモーメント」を少しだけ生じさせて,その関係を維持する意図を持つことで実現されると考えている。「上半身の前に傾く力のモーメント」が生じることで,背筋群は伸張の力を受けるが,実行者の関係を維持する意図により,背筋群はそれを維持するために収縮することになる。背筋群の他動的な筋収縮が促されている状態といえる。そして,その力のモーメントが最小限のものであれば,背筋群が関係性を維持するために収縮する程度も最小限のものに抑えられることになる。つまり,背筋群の最小限の筋緊張によって体が前側に倒れることなく,その関係性が維持されることになる。そして,この背筋群の適度な働きで維持される関係が,脊柱の立骨状態となると考えている。

この「体の前に傾く力のモーメント」が少しだけ生じている時に,実行者が得る感覚が「体の前側に体重がかかる」感覚となると考えている。そして,これが実行者が理想状態を実現する指示となる。実行者がこの感覚的な意図で体を導くことで,重心を適切に位置づけて,骨盤や脊柱の骨の立骨状態を実現できる。実行者の得る「体の前側に体重がかかる」感覚というのは,重力方向である下向性の荷重圧力の感覚だが,同時に上向性の反力も生じており,その反力を得る感覚が「前側に支えがある」という感覚となる。

この他にも「体の前側に体重がかかる」という意図を実行者が持つべき理由がある。その一つが,自身の重心の支持基底面への適切な投射位置が「体の前側」になることである。体全体の重心の鉛直方向への適切な投射位置は,脛と足の甲の交差する辺りで,足関節のある少し前の辺りである。実行者が立骨重心制御状態であれば,この位置に体重の圧力が最もかかることになる。足関節の少し前の位置は「体の前側」に相当する。このように,実行者が体重の圧力中心を感じる位置が足関節よりも前であることも,「体の前側に体重がかかる」指示の要素の一つとなる。

また,頭の支持についても実行者が「首の前側に支えがある」と意図して導くことで,背側の筋が適度な筋緊張で働く状態を実現しやすい。頭蓋骨で形成される頭の重心は,支点となる環椎後頭関節よりも前にある。このため,適切な状態では前に倒れる頭を首の背側の筋群が支えている。実行者が「首の前側に頭の重さがかかる」「首の前側に支えがある」の意図で体を導くことで,この適切な筋の働きの状態に導ける。

これに加えて,頭蓋骨と頸椎の関節である環椎後頭関節の位置が首の前側にあることも,「首の前側の支え」の指示が適当なものとなる理由となると考えている。図6−3に頭蓋骨と頸椎の胴体に体する相対的な位置を示している。頭蓋骨は,環椎後頭関節で頸椎に支えられている。この関節は頭蓋骨底面の中心近くにあり,側方視でみると耳孔辺りの位置にある。そして,この位置は首の位置との対比でいえば「首の前側」に相当する。「頭を首の前側で支えている」は妥当な表現であり,このように導く意図も実行者がそれを実現することに役立つものとなる。

図6−3 頭蓋骨と頚椎の関節位置

図6−3 頭蓋骨と頚椎の関節位置

「頭の支えの位置は首の前側にある」と言われると違和感を持つ人もいるかもしれないが,これは,骨の関係からみても現実的な表現である。逆に,違和感を持つ人はその支えの位置を本来の位置よりも後方にあると認識しているかもしれない。この認識が無意識的に体に負担を強いる支え方に導いてしまう可能性もある。なお,首の前側の最下部には胸骨と鎖骨の胸鎖関節があり,実行者は「首の前側の支えは,胸骨上端部上にある」と考えてもよい。

これらが,立骨重心制御を実現するにあたって,実行者が「体の前側に体重がかかるようにする」「体の前側に支えがある」という意図を持つべき理由である。

有利意図の人は,実際の体への指示として「足底全体に体重がかかる」ことを念頭におき,骨盤の制御では特に「脛と大腿部前側に上半身の体重がかかる」ことを意図し,頭の制御では「頭を最高位置に位置づけて,首の前側の支えにのせる」ことを意図する。なお,「胸部の重さを腹部に乗せる」と意図してもよい。または,全体を大きくとらえて「体の前側に体重がかかるようにする」「体の前側に支えがある」とするのもよい。

実行者が「体の前側に支えがある」と意図する場合には,実際には体の前側に骨があるわけではないため,軸や屋台骨となるような「架空の骨の支え」を実行者はイメージするとよい。

実行者が「前側に体重がかかるようにする」ことだけを実現しようとすると,本当に体を前傾させて重心を前方に乖離させてしまうことになるかもしれない。実行者は,「頭を足底の直上に位置づける」と考えて,足底の直上に体の全てを乗せるようにしておく。そして,その状態を維持している感覚が「前側に体重が少しかかる感覚」となるように考えるとよい。

「体の前側に体重がかかるようにする」という体への指示は,感覚的な情報を用いた意図であり,実行者はその体験があれば適切な感覚を特定しやすい。レッスンでは,クライアントは適切な状態に導かれて,その時の感覚を得る。そして,クライアントはこうした意図とそれを適切に実現した感覚を適合させていくことになる。

私は,この感覚的な情報を用いた意図によって,良好な姿勢や動作を再現できると考えている。その理由は,頼ることのできる感覚的な情報を意図として用いているからと考えている。感覚的な情報には,頼れるものと頼るべきでないものがあることは後述する。

脚注

[31] 中村隆一,齋藤宏,長崎浩 『基礎運動学』(第6版) 医歯薬出版,2003年。

第6章その3につづく)
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