4. 腕の支え方
有利意図の人は,腕についても構造的な特徴を認識しておくとよい。それによって,腕や肩を本来のあるべき状態に位置づけやすくなる。私達は腕を様々な活動で使うが,頻繁に長時間腕を使うことから,一定の割合の人は腕の支え方の感覚を狂わせてしまい,不利な支え方にしてしまいやすい。例えば,腕を持ち続けようとしたり,肩を後方に位置づけようとして,肩周りの筋群の筋緊張を過剰にしてしまう。
腕は上肢というが,上肢は体幹の骨格と胸鎖関節で関節する。この胸鎖関節が腕の起点といってもよい。胸鎖関節は鎖骨と胸骨の関節であり,体の前側の胸の上,首の下に位置する関節である。胸鎖関節を形成する骨の一方である鎖骨の近位端は,皮膚を介して私達が触れることができ,その位置は多くの場合は視認することもできる。上肢の骨は,胸鎖関節以外では体幹の骨格と関節していない。背側にある肩甲骨も上肢の一部ではあるが,肩甲骨は体幹骨格とは関節していない。
腕の構造の特徴は,胸鎖関節で腕の鎖骨が体幹骨格である胸骨と関節し,靭帯と筋群で位置づけられている。腕の重さは骨格で下から支えられているというよりも,筋群の張力で上から支えられているといえる。そして,腕の重さは,鎖骨を通じて胸骨上端部にかかっているといえる。つまり,腕は,筋群で「吊り下げられている」と表現できる。そして,有利意図の人はそのように考えた方がよい。有利意図の人は,「腕を吊り下げている」と意図することで,「肩で腕を支える」ような肩周りの筋群の筋収縮を進める反応を起こさないようにできる。
上肢を吊り下げている筋群は,頭蓋骨と頸椎,胸椎,そして肋骨などに付着しており,上肢はこうした部位から吊り下げられているといえる。これを逆にみれば,腕の重さによって,頭蓋骨と頸椎は下方に牽引を受けていることになる。これは,実行者が腕を支えるということは,実行者は腕の重さを受け止めている頭や頸椎を支えることになることを意味している。
頭や頸椎の適切な支え方は,実行者の立骨重心制御によるものであり,実行者が頭を導く制御によるものである。有利意図の人は,頭を適切に制御していくことで腕を支えるのである。有利意図の人は,腕を支えるにあたって「腕を吊り下げるために,頭を支えよう」と意図していくのである。そして,「頭を最高位置に位置づけて,立てた骨の上に乗せておく」ことを意図していくのである。この指示のイメージを図6−5に示している。
また,胸骨上端部には腕の鎖骨から一定の圧力がかかることになる。このため,有利意図の人は「胸骨上端部に腕の重さをかけている」「腕を乗せている」と考えていくとよい。実行者が胸鎖関節を形成する胸骨上端部に腕の重さをかける意図を持つことで,体の前側に腕の起点がある認識を持つことができる。また,腕を筋収縮で支えるイメージを避けることにも役立つだろう。腕を支えるにあたって過剰な筋緊張を生じさせずに済み,腕の動きの制約を回避できる。有利意図の人は,腕を使って動く際に鎖骨を胸骨に立てる腕の立骨制御を行った方がよいが,これにあたっても実行者が胸骨上端部を意識していくことが役立つ。これについては次章で述べる。
有利意図の人は,この意図を積極的に,そして繰り返し持つ必要があるだろう。実際の筋の働きを考えると,腕の動きや支持では,肩甲骨から首にかけての肩甲骨周りの筋群が多く使われることになる。このため実行者が腕を動かしたり,腕で物を支持する時間が長ければ,実行者の肩甲骨周りの筋群は疲労し,実行者はそこに疲労を感じるだろう。人によっては筋のこりとして感じるだろう。この疲労感やこりの感覚によって,実行者は注意を肩甲骨周りに向けやすい。それもあって,実行者は「腕は肩甲骨で動かす」「腕は肩で支持する」という動作や支持の意図を無自覚に持つようになりやすい。
- 頭が腕を吊り下げていると考え,腕の重さを体の前側の胸骨上端部にかける意図を持つ。
- 腕を吊り下げられるように,頭を最高位置に位置づけて,体の前側の立てた骨の支えを受けていることを意図する。
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