2. 心理的プレッシャーを受ける時の対処
心理的プレッシャーを受けた際に実行者がよりよいパフォーマンスを実現するための対処とは,実行者がこれまでに述べた有利な体の使い方を意図して実現することである。これが即席保全の自動プログラムからの脱却方法となるからである。有利意図の人は,体位維持の仕方を即席保全の自動的な反応に任せてしまわずに,体位維持も含めて有利な体の使い方を意図して導くのである。実行者は,このように自身に気づいて有利なものを意図することを,プレッシャーがかかる中で行うようにするのである。
心理的プレッシャーを感じた際の私達の反応としては,心拍数の増加や,口や喉の乾き,手足のふるえなどがある。私達がこれらの生理的な反応に変化を与えるのは容易ではない。しかし,体位維持や動作の仕方,呼吸の仕方については,随意で動かせる骨格筋を用いているものであり,私達はそれらを意図して変えることできる。実行者は,プレッシャーがかかった際に心拍数の増加といった生理反応が起こるが,それがありながらも有利な体の使い方を実現していくことができるのである。
心理的プレッシャーという刺激を受けた際には,実行者は自身がその刺激に習慣的に反応する前に有利な反応の仕方を選択して実現していくようにする。このためには,実行者が自身の体の使い方に気づきを持つことが不可欠なものとなる。
有利意図の人は自身に気づいた後に,「支持部位に体重を預け,息を抜くように十分に息を吐く」とよい。そして,「呼吸をした時に腹部前面が動けるかどうか。頭が胴体から独立していつでも動ける状態かどうか」を確認する。これは,有利な体位維持に是正していく際の最初のステップと,理想状態でいるか否かの確認のステップである。自身の体位維持活動の状態と,その影響を受けやすい呼吸の仕方に気づいていく自身への問いかけとなる。この「常に行っている当たり前のこと」を私達は最も忘れやすく,不利な状態にしていやすいからである。
このように自身の現状を把握できれば,実行者は後のステップである立骨重心制御や重鎮基底制動を実行しやすくなる。既に意識的な制御を開始しているからである。
即席保全による腹筋群と首の筋群の筋緊張による固定に「安全確実」の価値が加わっていて,それに実行者が安心感を得ている可能性を指摘した。この場合,実行者は是正した際に筋緊張が抑制されていることから,安心感を得られずに違和感を得ることになる。是正にあたっては,実行者はこの違和感を受け入れるようにする。そして,「目的の行為を達成できているかどうか」を考え,結果を評価していくのである。特に人前での活動時において,実行者にとってより有益なことは,体位維持に安心感を得ることや違和感が無いことではなく,結果を出せていることであろう。心理的プレッシャーを受けた際に,実行者が結果として望ましい動きや発声を実現できなければ,プレッシャーは継続して実行者はより強くそれを感じるようになるかもしれない。しかし,実行者がたとえ違和感を得ていても,結果として望ましい動きや発声を実現できていれば,その後は心理的プレッシャーが弱まる可能性がある。
心理的プレッシャーを受けた際には,一定の割合の人は違和感のないことや安心を得ようとすることを無自覚に優先してしまいやすいが,是正を目指す人は違和感の無いことではなく結果を優先し,結果を出せるように有利な体の使い方を意図して実現していくとよい。
心理的プレッシャーが生じるような場面でも有利な体位維持を行い,その状態の感覚に違和感をなくしていくことを目指す人は,心理的プレッシャーの少ない通常時の活動の中でこれらを繰り返し実現していくとよい。通常時の活動や日々の生活の中で自身に気づき,立骨重心制御や重鎮基底制動を積極的に意図して実行し,新しい動作感覚に慣れ親しんでいくのである。是正の難しさはあるものの,こうした訓練を通じて実行者は強い筋緊張を加えなくとも一定の安心感を得られるようになり,徐々に是正していくことができるだろう。
実行者が心理的なプレッシャーを受けた際に自身に気づいて有利な体位維持にしていくことは,実行者の反応の中に「意識的なひと手間」を加えるようなものとなる。この「意識的なひと手間」を加えられるかどうかが,実行者が心理的プレッシャーを受けた際にも通常時のパフォーマンスを発揮できるかどうかのカギとなると考えている。
実行者が心理的プレッシャーを受けた際に有利な体の使い方を意識的に実現していくことは,心理的な反応を心理面の中で処置するのではなく,影響として表れやすい体の使い方の反応プロセスで処置していくことである。そして,これは体の使い方に変化を与える対処であるが,実行者の注意や意図が関係するものであり,メンタル面の対処となる。つまり,ここで述べた対処の仕方の訓練は,パフォーマーにとって有効なメンタルトレーニングとなる。ここで述べた対処の仕方は,体の使い方の良好な状態を実行者が意識的に維持することで,心理面の変化による実行者のパフォーマンスへの影響を最小限にして,実行者の本来のパフォーマンス発揮に役立つものとなるからである。
「心理的な反応は体に表れやすい」ことは一般的に言われることである。「心と体は一体」「心身一如」ともよく言われる。私が心と体の連関性について具体的にいえることは,次のことである。一定の割合の人は,心理的プレッシャーを感じるような刺激を受けた際に,骨傾斜容認や重心乖離容認に加え,過剰共縮制動,バルサルバ操作などを織り交ぜた即席保全の自動プログラム反応を起こしてしまいやすい。しかし,その体の即席保全の反応を実行者は是正できる。心理面の変化があったとしても,実行者が意図して有利な体の使い方を実現すれば,心理面の変化によるパフォーマンスへの影響は最小限に抑えられるということである。実行者にとって有益な認識は,心と体の連関の強さを知ることだけではなく,心の変化がありながらも体を独立させて制御できることを知ることと考えている。
この対処の仕方は,クライアントとのレッスンの経験から一定の効果があることがわかっている。「足底に体重を預けることを意識したことで,落ち着いていられた」「呼吸に気づくことができ,あがりが起こらなかった」などのクライアントからの報告がある。他の様々なメンタルトレーニングとの結果の比較は行えておらず,比較した有効性はわからない。この対処の仕方によって,パフォーマーは一定の効果を得られると考えている。
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