第11章 アレクサンダー・テクニークが有効である理由とその補足すべき点(その1)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




1. アレクサンダー・テクニークが有効である理由

頭を前に上に導く。それを継続させながら様々な動作を行う

既存のATでは「頭を前に上に(Head forward and up)」という表現で,実行者に頭部制御を促すことが多い。実行者はこの制御によって脊柱を立骨状態に導きやすくできる。さらに,動作や発声などの際には,腹筋群と首の筋群の筋緊張によって頭は下方に牽引されるものの,実行者はこの制御によってこの牽引に拮抗できるようになり,余計な動きや筋緊張を起こさないようにできる。

この指示については補うべき点がある。「頭を前に上に」という指示は,その動きや状態を経験的に理解している人はその指示で理想的な状態を実現できるため,略した指示としてはよい。「頭を上に」という指示を聞いただけの場合でも,私達はそれで何を実現すべきかを特定できるかもしれない。しかし,「頭を前に」については,その言葉による指示だけでは具体的にどのような状態にするのかを私達は特定しにくいだろう。複数の「頭を前に」する仕方を想像できるからである。そして,その中には避けたい頭部前方突出も含まれる。

必要な制御は,頭蓋骨を最高位置に位置づけて,頭蓋骨を頸椎を軸にして前方に回転させる方向に適度に向けることと考えている。これをより適確に表現するにあたって,「頭を上に」については,「頭を最高位置に位置づける」こと,そして「頭を前に」については「頭の額を適度に前方に向ける」とする方がよいと考えている。



頭が体をリードする形で動く,ヘッドリード

既存のATでは,実行者が様々な動作時に「頭が体をリードする形で動く」ように考えて動作をすることで,よりよい動作を導けるという考えがある。これを「ヘッドリード(Head lead)」と呼び,指導者は実行者にこの指示と共に動作をしていくことを推奨する。実行者は,この指示と共に動作していくことで,頭への注意を促すことができ,「頭と共に動く」ようになり,よりよい動作を導けるようになる。

この指示についても補うべき点がある。「頭が体をリードする形で動く」または「ヘッドリード」という指示は,実行者が行う動作次第では最適な指示とはならない。実行者が行う動作が,上半身を起こすような体を上方向に導く動きであれば,頭が先導端となるため,頭を上に導く「ヘッドリード」の指示は適当なものとなる。しかし,前方に歩く動作の際には,この指示は実行者の誤解を招く可能性もあり,最適なものにならない。実行者がヘッドリードの指示で歩く場合は,実行者次第ではあるが,頭を胴体よりも先行させて前方に位置づけてしまい,頭部前方突出させながら歩いてしまう場合もあるだろう。

全ての動作の際に「ヘッドリード」させるとする考えよりも,動作時に頭に注意を向け,頭と共に動くことを意図するという考えの方が汎用的であり,実行者が様々な動作において適切なものを導きやすくなると考えている。

首の筋群の弛緩,ネックフリー,インヒビション

「ネックフリー(Neck free)」というのは,首の筋群の過剰な筋緊張の抑制を促す指示である。この指示によって,陥りやすい過剰共縮制動の反応を抑制することに貢献する。過剰共縮制動は腹筋群と首の筋群の筋緊張を強くする反応であり,このネックフリーの指示によって,その一方の首の筋群の筋緊張を抑制して体を制動する意図を持つことができる。結果的に,腹筋群の筋緊張も抑制しやすい。この指示は体の制動をより少ない筋緊張で達成しようと試みる指示であり,動作の効率を向上させる指示となる。この指示は首の筋緊張を抑制する指示であり,「インヒビション(Inhibition)」とも呼ばれる。

自身の体の状態への気づきを促すこと

即席保全の人がその自動プログラムから脱却し,有利な体の使い方を実現するためには,自身の体の状態への気づきが必要である。ATの指導では,この自身の体の状態への気づきをそれを学ぶ人に積極的に促す。他のボディ・ワークと呼ばれる施術や指導においても,それを受ける人に自身への気づきを促すものはあるが,ATほど頻繁に,そして積極的に促してはいないだろう。

ATの指導では,実行者に「刺激に対してすぐに反応しない」ことを促す。または,実行者に首の筋緊張を抑制する「インヒビション」という指示で,自身の状態に気づくことを促す。アウェアネス(Awareness)という言葉も指導ではよく用いられる。このような指示によって,実行者が様々な環境や状況で自身の体の使い方に気づくことで,体位維持活動が不利なパターンに陥ることを回避できるようになる。そして,実行者はこの気づきをきっかけとして,有利な選択を意図できるようになる。結果的に,体の負担を少なくすることができ,様々な体の機能を制約せずに済む。実行者はよりよい状態で生活し,パフォーマンスを行えるようになる。実行者は,心理的プレッシャーや情動,ストレスに対する反応の仕方も変えられるきっかけを作ることができ,体やパフォーマンスへの影響を少なくすることができるだろう。

「ヒア・ナウ(Here, now)」「『今,ここ』にいる感覚」という表現は,瞑想などで理想的な意識の状態を示す言葉として用いられる。心と体を分けて考えず,一つのものとする意識状態を示している。その時の自身の体の筋緊張や使い方の状態に積極的に気づくことは,その実行者が「『今,ここ』にいる感覚」という意識状態を得ることにとても役立つものとなるだろう。瞑想の実行者は主に静止状態で自身の心や体の状態に気づいていくが,ATの実行者は静止時に限らず,日常の様々な動きや活動の中で気づいていくことになる。パフォーマンス活動や日常生活に活かしやすいプラクティカルな方法となるだろう。

リーディング・エッジ

ATの一部の指導者は「リーディング・エッジ(Leading edge)」と呼び,先導端を決めて,そこを導く意図で動作することを推奨している。これは目的端先導の意図による動作の仕方であり,私も実行者の有利な動作を導くものと考えている。

ハンズオンでクライアントを導く指導

「ハンズオン(Hands on)」とは,指導者がクライアントに手で触れて,クライアントの状態や動作を導く指導方法のことである。ハンズオンによって指導者はクライアントの筋緊張状態を把握しやすくなる。また,クライアントもこれによって自身の習慣的な体の使い方とは異なる別の使い方を体験することができる。クライアントは,ハンズオンによって固有感覚の壁を超えることができる。

言葉による指示のみの指導では,指導者がクライアントに行ってほしいことと,クライアントが行っていることが適合しない可能性が高くなる。それは,指導者が本来伝えたいものは固有感覚であるが,それを言葉では適切に伝えられないからである。指導者は,実際に手で触れながらクライアントを導くことで,クライアントに伝えたい固有感覚を直接的に伝えることができるようになる。固有感覚を完全に伝えられるわけではないかもしれないが,あるレベルで伝えることは可能となり,そのレベルは言葉による伝達のレベルを遥かに上回る。

ATの指導者はハンズオンでクライアントを導く際に,クライアントの体の使い方だけでなく,指導者自身の体の使い方にも注意を向けてそれを適切なものにする意図を持った上でハンズオンをしていく。これは,指導者がミラーニューロンの機能を最大限に活かそうとする試みであり,クライアントの状態を把握しやすく,また適切なものを伝えやすくすることに貢献するものとなると考えている。指導者は自身の体の使い方を基準にして,他者の体の使い方を評価していく。指導者は基準となる自身の固有感覚を良好なものとすることで,自身とは違うクライアントの固有感覚を適切に評価していけるようになる。このため,指導者がハンズオンをしていく際に同時に自身の動作の仕方にも注意を向けていくというこの指導方法は有効なものと考えている。

体のつながり,体全体を考えて動くこと

頭部制御と首の筋緊張抑制の制御を「プライマリー・コントロール(Primary control)」と呼ぶが,実行者はこの制御と共に動くことで体のコーディネーションがよくなり,負担を少なくでき,本来の能力を発揮できるという説明を受けた人もいるだろう。「体のコーディネーションがよくなる」という表現は「体の各部位がまとまり,全体として調和したものとなる」という意味となるだろう。実行者はATの方法をレッスンで体験すれば,実際にこの表現がフィットするような感覚を得やすい。

また,「全体性(Wholeness)」という言葉もよく用いられる。実行者に体全体のことを考慮に入れて動くことを促す指示である。実行者はこの全体性を考えることで,実際によりよい状態や動作を導くことができるようになる。

私達の体の各部位にはつながりがある中で,私達は体位を維持しており,私達には体全体の重量バランスを維持するという制約がある。このため,私達はある一つの部位を動かす際は,他の部位にも動かす力を加えることになったり,他の部位を動かさざるを得なくなったりする。このように体の部位は連関するものである。

この体の各部位の連関があることから,実行者が単に動かす部位だけでなく,体全体への注意を促す指示を持つことは,有効な対処となる。ただし,「全体性」や「コーディネーションのよい状態」という表現は,それだけでは具体性がなく,漠然としたものしか表現できていない。実行者は,より明確に,何に注意を向け,どのような状態をもたらしたいのかを把握して意図することで,理想とする状態や動作を再現しやすくなるだろう。

第11章その2につづく)
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有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声


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