第11章 アレクサンダー・テクニークが有効である理由とその補足すべき点(その2)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




2. 既存のアレクサンダー・テクニークで補足すべき点

望ましい姿勢が特定されておらず,そこに導く指示が漠然としている

既存のATでは,「頭が前に上に」「頭・首・胴体の適切な関係」「背中が長く,広く」「頭が動いて体全体がついていく」などの理想状態に導くための指示がある。しかし,これらの指示は漠然としたものである。何をもって背中が長い状態であるといえるのか,背中が広い状態とはどういうことか,背中が長く広くというのは筋感覚のことなのか,そうだとしたらその筋感覚はどの程度を指し示すのか,頭・首・胴体の適切な関係とは具体的にはどのようなものか,という疑問を実行者に持たせるものである。このため,これらの指示では,実行者は理想状態を再現しにくいと考えている。この背景には,既存のATではそもそも理想状態が客観的な形で特定されていないことがある。このため,理想状態に導く指示が漠然としたものに留まっている。

実行者が理想的な状態を自身で実現するにあたって,それを実現する指示が再現しやすい指示であるか否かが実行者の再現確率を左右すると考えている。再現しやすい指示とは,実行者が理想状態を導いた際に得る体性感覚が適確に表現されている指示であろう。私は,体性感覚情報が客観的な基準で評価されている指示がこれにあたり,実行者の再現確率を高める指示となると考えている。実行者が得るべき体性感覚情報に客観的な基準を持たせるためには,理想状態も客観的な形で特定されている必要がある。理想状態の特定と,客観的な基準で評価された感覚情報による指示の二つが,実行者が理想状態を再現する確率を高める要素となると考えている。

既存のATでは,この二つの要素に不備がある。このため,実行者の再現確率は相対的に低くなる。これは,レッスン効率やクライアントの不安として表れるだろう。

理想状態が特定されておらず,理想状態を導く体への指示が漠然とした感覚の表現では,クライアントは自身で理想状態に導くにあたって,経験した漠然とした感覚に依存することになる。クライアントが感覚を得る経験を数多く持てば,漠然とした感覚のままだがある程度特定できるようになり,理想状態に導く確率を上げられるだろう。このため,表現の不備を補って再現確率を高めるために,クライアントはより多くのレッスンを要することになる。また,クライアントは理想状態に導けたとしても,自身が理想状態でいるのかどうかの判別はあいまいなままで,不安が伴いやすいだろう。

私はこの論考で,立骨重心制御の状態をその定義を含めて示し,理想状態について客観的に特定できるように示した。その導き方についても,「足底全体に体重がかかるようにする」「体の前側に体重がかかるようにする」というように体性感覚を客観的な基準で評価している指示を示した。実行者がより適切な感覚を得るためにレッスンで経験を得ることの有効性は変わらないものの,この理想状態の特定とそれを再現しやすい体性感覚の言語表現によって,実行者が自身で理想状態を再現しやすくなると考えている。また,理想状態でいるかどうかを確認することができ,不安が少なく,自身の状態を信頼しやすくなると考えている。



「感覚的評価はあてにならない」は誤解を招く

これは「第6章 立骨重心制御の実現方法」の「2節 頼れる感覚的な情報,頼れない感覚的な情報」の中で述べたことである。F.M.アレクサンダーが「感覚的評価はあてにならない」と著書で述べたこともあって,これがAT指導の一つの指針となっている[41]。しかし,これは誤解を招きやすいものと考えている。

有利な制動の方法が示されていないこと

既存のATの方法では,実行者は「首に筋緊張を過度に生じさせないように,動作を行う」ことで,筋緊張を少なくした体の制動を実現していくことになる。実行者はネックフリーやインヒビションという指示でこれを実現していく。しかし,これは「何かをしないようにする」という抑制に重点をおいた体の制動方法であり,「それをしないようにするために,何をすればよいか」という望ましい状態に導く代替案を提示した方法ではない。このため,この抑制を重視した方法では,実行者が望ましい状態を達成する確率は下がると考えている。

重鎮基底制動は,筋緊張に頼らない有利な制動の方法であり,これは望ましい状態に導く代替案となる。実行者は,「支持部位に体重を預けて,支持部位の抑止を基に体を動かす」と意図することで,自身の重量の荷重と骨の反力を制動に活かせるようになり,過剰に筋緊張させずに体を制動することができる。実行者がこのように望ましい状態に導く意図を持った上でネックフリーを考えていく方が,理想状態を再現する確率が上がると考えている。

起こって欲しくないことの抑制に重点をおく指示と,望ましい状態を実行していく指示における違いは,目的認識の違いといえるだろう。しかし,目的認識の違いは実行者の体の使い方に違いをもたらすと考えている。

既存のATにおいて,有利な体の制動の代替案が示されていないことは,突き詰めていえば,そもそも体を制動する必要があるという認識が創始者や指導者になかったことが原因だろうと考えられる。しかし,これについては既存のATだけにいえることではなく,多くの姿勢・動作指導についてあてはまることだろう。

F.M.アレクサンダーは,「頭が前に上に」「背中が長く広く」「ネックフリー」などの指示による制御を行うことを勧め,これを「プライマリー・コントロール(Primary control)」と呼んだ。私は,立骨重心制御と重鎮基底制動がF.M.のいうプライマリー・コントロールに相当すると考えている。

骨盤の制御について共通の理解がない

既存のATの方法では,骨盤の制御について明確には示されておらず,指導者間の共通の理解や見解がない。指導者によっては骨盤の制御を行っているかもしれないが,それはおそらく良好な感覚を求めて行っているだけなのではないかと思う。明確な根拠は示せないだろう。このため,指導者によっても行っている制御は微妙に異なるだろう。また,骨盤制御を行っていない指導者もいると考えられる。指導者の中には,頭部制御である「頭が前に上に」や首の筋緊張の抑制である「ネックフリー」などによるプライマリー・コントロールが適切に行われれば,骨盤の制御も含めて体の全てが適切な状態となると考える人もいる。

これは,F.M.アレクサンダーが,頭部制御や首の過剰な筋緊張の抑制について多く指摘する一方で,骨盤の制御についてはどのようにすべきか言葉として表現していないからであろう。

私は,骨盤の制御は有利な体の使い方を実現するために欠かせない制御の一つだと考えている。脊柱と骨盤は機能的に結びつきが極めて深く,この両方の制御が行われて,はじめて理想状態に至ることは説明した。骨盤制御は上半身の特に頭部支持の基盤ともなるものであり,実行者は骨盤に注意を向けて骨盤を適切に制御していく方がよい。

脚注

[41] F.M.アレクサンダーは次のように著書『Use of the self』で述べている。“my sensory appreciation (feeling) of the use of my mechanisms was so untrustworthy” (Alexander FM : Use of the self. 1985 ed, Orion books, 2001.)

第11章その3につづく)
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