第3章 動作時に陥りやすい体位維持の仕方(その6)

有利な体の使い方 姿勢・動作・呼吸・発声




5. バルサルバ操作

バルサルバ操作(バルサルバ・マニューバー。バルサルバ手技ともいう)とは,実行者が声帯閉鎖(仮声帯)を行って胸腔内の圧力を一定にした状態で,腹筋群を収縮させて腹腔内圧を高めるという体の操作である。この結果,実行者は胸腔と腹腔で形成される空間の内圧を高めることができ,胸腔と腹腔で荷重をより受け止められるようにできる。つまり,体の胴体の前側に,膨らんで密封された風船をいれるような操作となる。図3ー3に示している。実行者は,バルサルバ操作を行うことで,背筋群や靭帯で行っている脊柱の関節固定を補助することができるようになる。カパンディによれば,バルサルバ操作は,胸腔と腹腔を「脊柱の前方に位置する強固な大梁(おおはり)に変換する」としている[25]

図3-3 バルサルバ操作

(再掲)図3-3 バルサルバ操作

実行者は,この操作で前方に梁のような支えを作ることで,体の前で腕で荷を持ったとき,上半身を前傾させたとき,体幹を動かすとき,腕を動かすときに,背筋群の働きを補助することができる。ウェイトリフティングをする人は,ウェイトを持ち上げる初動時にバルサルバ操作を使うだろう。

実行者が骨傾斜容認や重心乖離容認でいて筋や靭帯といった張力に依存する際にも,脊柱の関節固定の補助としてバルサルバ操作を用いることができる。また,実行者が過剰共縮制動をする際にも,これを用いることでより脊柱を強固に固定することもできる。

このバルサルバ操作を,一定の割合の人は日常的に行っていると考えている。バルサルバ操作を行う人は,重いものを持ちあげる際に,喉に蓋をするような感じで一瞬息を止めてそれを行っているだろう。または,椅子から立ち上がる際にも同じように,立ち上がる力を入れる際に息を止めているだろう。これらの動作をする際に,実行者は腹筋群の筋緊張を強いものにしながら,声帯を閉じている。そして多くの場合は,首の筋群の筋緊張も強いものにしているだろう。

バルサルバ操作は前述したようにメリットがあるものだが,問題はそれを行うデメリットである。バルサルバ操作は,実行者の腹筋群の強い筋緊張と首の前側の喉頭部の筋緊張を伴うため,筋反応としては過剰共縮制動とほぼ同様のものであり,体への負担や動作や機能への影響も同様のものになる。更なるデメリットとしては,その声帯閉鎖によって,呼吸と声にも影響を及ぼすことである。そして,胸腔や腹腔内圧が高くなることから,血管の圧迫によって血流へ影響を及ぼすことである。以下に詳しく説明する。



①発声への影響,声帯への負担

バルサルバ操作は,声帯(仮声帯)を閉じ,腹筋群を収縮させることを同時に行うことで胸腹腔内圧を高めようとする操作である。実行者が,動くたびに,または力を入れるたびにこの操作を採用していると,実行者は腹筋群を収縮させるのと同時に声帯を閉じようとする反応の習慣を身につけてしまいやすくなる。この習慣がある人は,頻繁に声帯を閉じて息をつめているだろう。

反射的ともいえるこの反応が望ましくないケースが,発声の場合である。発声は,実行者が腹筋群を収縮させて,腹腔圧力を高めることで横隔膜を挙上させて,呼息を形成し,声帯(真声帯)を適度に閉じて,その呼息の圧力を用いて声帯ヒダを振動させて行うという活動である。この発声の際に,実行者がバルサルバ操作の反応を起こしてしまうと,発声しようとして腹筋群を収縮させた際に,実行者は腹筋群収縮に反応して仮声帯を閉じてしまうことになる。実行者が,真声帯の上方に位置する仮声帯を閉じるということは,気道に蓋をするような処置となる。実行者はこの状態では発声できないことになる。しかし,この反応を起こしている人は,多くの場合,仮声帯を閉じた後に瞬時に仮声帯を解放しており,発声は行えるようにしている。ただ,気道を最大限に解放した状態ではなく,仮声帯で気道を狭めているような状態で発声している場合はある。このため,実行者の話し方は,文節や単語ごとに止まってひっかかるようなものとなっていたり,発声の仕方が「喉詰め発声」と呼ばれる発声の仕方となっていたりする。このように,発声の質を低下させることになりやすい。また,この反応は,声帯の負担となる。喉の涸れや,喉の疲れの原因にもなる。

このようにバルサルバ操作の反応を定着させている人の多くは,その悪影響が声の質や声帯への負担に留まるが,その反応によって発声が制限されてしまう人もいると考えられている。吃音になるという考えである。バルサルバ操作の反応が吃音の原因の一つであるとする「バルサルバ仮説(Valsalva hypothesis)」を,米国のスピーチセラピストであるWilliam D. Parryは提唱している[26]

私のレッスンにも吃音の改善を求めて訪れる人がおり,その指導経験を通じてParryの仮説が有力なものであると感じている。吃音の人で「喉のところで声が止まってしまう」という感覚を訴える人は多い。そして,こうした人は,骨傾斜容認であり,姿勢が悪く,動く際に過剰共縮制動で腹筋群や首の筋群の筋緊張を強いものとしていて,更にバルサルバ操作を行う傾向を持っている。

②血管の圧迫による血流,血圧への影響

実行者がバルサルバ操作で胸腔と腹腔内圧を高める場合,その中にある臓器や血管などの器官が圧迫されることになる。実行者がバルサルバ操作を行う場合は,呼吸を停止することになり,実行者はそれを長くは続けない。持続的な圧迫が起こるわけではないことから,肝臓や腸といった臓器への影響は現れないだろう。しかし,血管の圧迫は,一時的であっても血流や血圧には影響を与えることになる。多くの場合は,実行者の問題として顕在化しないだろうが,場合によっては実行者の問題として顕在化することもある。カパンディは,バルサルバ操作が「頸静脈の圧上昇,心臓への循環還流の減少,肺胞壁の血流減少,小循環での抵抗亢進といった循環障害を惹起する」としている[27]

これは私自身の経験となるが,動くときや力を入れる時,話す時にバルサルバ操作を行わないように喉を閉めないことを心がけていると,私のよく起こりやすい症状である緊張型頭痛になりづらくなる。頸静脈の圧上昇などが緊張型頭痛の誘発に何らかの形で関与しているのかもしれない。実際に,バルサルバ操作頭痛と呼ばれる頭痛[28]もあり,バルサルバ操作がある種の頭痛を誘発する場合があることは確認されている。頭痛については様々な原因があり,これが全ての原因というわけではないものの,一つの誘発要因にもなると考えている。

脚注

[25] A. I. Kapandji(塩田悦仁訳) 『カパンディ 関節の生理学』(原著第6版,邦訳第2版) 医歯薬出版,2008年。

[26] Parry WD : Understanding & Controlling Stuttering. 2nd ed, National Stuttering Association, 2009.

[27] A. I. Kapandji(塩田悦仁訳) 『カパンディ 関節の生理学』(原著第6版,邦訳第2版) 医歯薬出版,2008年。

[28] バルサルバ操作頭痛は,一次性咳嗽性頭痛に分類されている。

(第3章終わり。第4章につづく)
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